退屈から抜け出すための映画

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映画「潮風のいたずら」-ゴールディホーン主演、大傑作ラブコメディ!-(ネタバレあり)

「潮風のいたずら」

OVERBOARD

作品データ

公開:1987年/アメリカ

原題:Overboard

監督:ゲイリー・マーシャル

脚本:レスリー・ディクソン

製作総指揮:ロディ・マクドウォール

製作:アレクサンドラ・ローズ、アンシア・シルバート

撮影:ジョン・A・アロンゾ

音楽:アラン・シルベストリ

出演:ゴールディ・ホーン、カート・ラッセル、エドワード・ハーマン、キャサリン・ヘルモンド、マイケル・ハガティ、ロディ・マクドウォール

概要

クルーザーから海に転落し記憶を失った高慢な大金持ちの夫人ジョアナ(ゴールディ・ホーン)。彼女に酷い目にあわされた大工ディーン(カートラッセル)が仕返しに自分が夫であると偽って彼女を引き取り、家事や子供の面倒を押し付ける。最初は違和感を感じていたジョアナも徐々に生活に馴染み、幸せを感じるようになるが...

 

解説・感想

ザ・シネマ」にて鑑賞。思えばここ最近でゴールディ・ホーンの出演作品をよく観るようになった。それまでは「永遠に美しく・・・」「続・激突!/カージャック」の2作品しか観ていなかったけれど、あの顔の小ささとそれに似つかわしくないくらいの目の大きさ、美人なんだけどチャーミングでどこか親近感の湧く存在感に気になってはいた。そしてここ半年の間に「サボテンの花」「ファースト・ワイフ・クラブ」「プライベート・ベンジャミン」そしてこの「潮風のいたずら」と観てきて、すっかり魅了されてしまった。美人で金持ちで高慢だったり、甘やかされて育った何もできないお嬢様だったりする役が多いけど、不思議とまったく鼻につかない。どんな役でもその役に寄り添い、味方であるように演じているからかもしれない。とか無理やりひねり出してみたけど、結局はあまり頭が良さそうに見えないからかも(笑)今の若い女優さんだったら誰だろう。エマ・ストーンが近いような気がしたけど、知的な雰囲気持っているから違うんだよなぁ。エマはダイアン・キートンに憧れているみたいだし。

こうやって若い頃の作品ばかり観ているせいで、ゴールディ・ホーンがまだ20〜30代のような気がしてしまうんだけど、現在もう72歳!3度結婚していて、3番目で現在の旦那はそう、この作品の主演カート・ラッセル。ふたりの子供は私と同じ年に生まれているので、私にとってはゴールディ・ホーンが母親でカート・ラッセルが父親でもおかしくないわけです!

 

そんな2人が主演をつとめる本作ですが(前置きが長い)、とっても楽しめました。正直、あらすじ読んだだけで、というか序盤観ただけでもオチがどうなるのかなんて容易に想像できてしまう。でも、それまでの展開やちょっとした演出が超たのしいんです

監督は「プリティ・ウーマン」や「プリティ・プリンセス」など多くのロマンティック・ラブコメディを手がけてきたゲイリー・マーシャル。脚本のレスリー・ディクソンは、最近だと「ゴーン・ガール」のエグゼクティブ・プロデューサーを務めていたりします。本作「潮風のいたずら」のプロットは、イタリア映画の「流されて...」(1974)の影響を受けているらしく、私は未見ですがWikipediaでストーリーを読むと確かにとてもよく似ていますね。

金持ち夫婦のクルーザーが、エンジンの故障のため立ち往生してしまい、夫人のジョアナはその間クルーザーの中を改装するために、大工のディーンにシューズボックスを作るように依頼するところから物語が始まる。登場時のゴールディ・ホーンの格好がどぎつくて、キャバレーかなんかのショーの演者のようにギラッギラで(しかも中に着てるのが超ハイレグ水着)、悪い方にデフォルメされた金持ちアピール感がすごい。その後も、ジョアナが映るたびに衣装が変わっているところも面白い。何回着替えるんだよ!

クルーザーの内装も、一般庶民から見たザ・金持ち像って印象で、金持ちといえば?と思いつくものをとりあえず全部ぶっこんでみました感があり、決して品が良いとはいえず皮肉っぽい。欲しいものはすべて手に入れたような環境なのに、欲が満たされることはなく、いつもしかめっ面で不満ばかり愚痴っているジョアナ。そんな彼女がどう変化していくかがこの映画の見所である。

 

クルーザーから落っこち、記憶をなくしてしまうジョアナ。性格だけは記憶喪失前の状態が残っているため、その横柄な態度に医者たちは困り果て、精神病棟に入れられてしまう。それまで”常識”にこだわっていた彼女が、今までの環境と異なる場所では”異端”だと見られてしまうところが面白い。オチになってしまうが、庶民の生活に慣れた頃に記憶を取り戻したジョアンナが、また夫の元に戻った際にも、医者がつきっきりで常在しているのだ。”常識”や”普通”なんて言葉は環境によって異なるし、ローカルルールのようなもの。ということは、もはや”常識”や”普通”なんてものはこの世に存在しないのではないかと考えさせられる。

ディーンは、ジョアナ(アニーと偽の名前をつける)を自分の妻だと騙して、4人の子供がいるディーンの家に迎えいれるが、それまで家事なんてしたことがなかったジョアナが子育てと家事をはじめて経験するところも面白い。4人の子供のいる主婦がどれほど大変な仕事をこなしているかを知ることができるし、それを奴隷のように扱う旦那がなんとも腹立たしい。(実際にこういう家庭あるんだろうなぁ。)

もちろん、このアニーは本当の妻・母親ではないし、ディーンが仕返しのためにしていることである。だからある程度割り切って見られるところがある。それ以上に、今まで何の疑問も持たず人にやらせていたことを、アニーが自分自身で体験する機会が与えられたことが重要である。かつては贅沢三昧だったアニーの金銭感覚が変化していくところも面白い。いくら高価なものを身につけても満たされなかったのに、子供が手作りしたマカロニのネックレスを嬉しそうに首からかけるのアニーの姿は、本当に幸せそうで見ているこちらも幸せな気分になる。

 

子供たちが体のかゆみを訴えたため、仮病を使いテストをさぼろうとしていると思われて先生に怒られるシーンがある。先生に呼び出されたアニーが子供たちの皮膚がかぶれている様子を見て「ウルシの木でかぶれた」ことにすぐに気がつく。とあるレビューで、「甘やかされて育った箱入り娘のお嬢さんが、外も出ないくせになぜすぐにウルシの木でかぶれたことに気づいたのか」と書かれているのを目にした。ストーリー序盤に話は戻るが、大工のディーンが作ったシューズボックスの材料が気に入らなくてジョアナが文句を言うシーンがある。その時やたらと木材の種類や性質について詳しいことが分かるのだ。金持ちは一流のものを好むし、こだわりが強いから、素材などの知識に関して豊富なのではないかと思われる。

ちなみにこの可愛らしい4人の子供たちについて最初の登場シーンでさりげなく分かることがある。それは長男だけ赤い服、それ以外の3人の子どもが緑色の服を着ていて、父親のディーンが赤い服、アニーが緑色の服(本当の母親の服)を着ていることからおそらく長男が父親似で、それ以外は母親似なのだろうということだ。のちに長男だけが明らかにバカだと分かるシーンがあるので、これが分かるとちょっと面白い。1番下の子がモノマネしていたピーウィー・ハーマンを私は知らなかったけれど、アメリカのコメディアンであるポール・ルーベンスが作り上げたキャラクターとのこと。アンディ・カウフマンでいうトニー・クリフトンのようなものでしょうか。(余計ややこしくなってたらすみません。「マン・オン・ザ・ムーン」をご覧ください。)子供向けのテレビ番組『ピーウィーのプレイハウス』で司会者を務めていたとのことで、子供に人気があったのでしょう。キャラクターの人形を見るとなんかすっごく見覚えがあるように感じる。どこかで目にしたことがあるのか、それともこれに似た他のキャラクターと勘違いしているのか。ティム・バートン監督の「バットマン リターンズ」などの映画にも出ていたようなのでそれで記憶の片隅に残っているのかもしれない。色々と問題も起こしたようだけど、2016年に脚本・主演映画『ピーウィーのビッグホリデー』がNetflixで配信スタートされたとのこと。なかなか面白そうなのでNetflixの会員の方はぜひ。


ピーウィーのビッグ・ホリデー予告編 - Netflix [HD]

話が脱線しましたが、ディーンの友人ビリー(マイク・ハガディ)の存在も、面白かった。とくにディーンの車の中でアニーが見つけた女性用パンツをめぐるやり取りの際の一言には笑った。実はこの役、ジョン・キャンディが選ばれていたけれど、「大災難P.T.A.」(私の感想はこちら)の撮影のため断ったとのこと。たしかにジョン・キャンディでもしっくりくる。ただ、ジョン・キャンディだと存在感がでかすぎて主役を食う可能性も高そう。ちょっと見てみたかった気もするけど。。

 

他にも、主演のふたりの息のぴったりさ(さすが夫婦!)や、カートのゴールディを見る視線や表情の柔らかさ、記憶を取り戻した後のゴールディのコロコロ変わる表情の演技などもとても良かった。最後、海に飛び込んだジョアナとディーンがボートで救助されるシーンで、ジョアナがすでにボートに乗っており、ディーンが乗り込もうとした時「財産は旦那のものではなく全部私のものなの!」と告げられたディーンが海に沈んでいくシチュエーションは、後の「タイタニック」のあのシーンっぽく感じた。

2つのまったく違う世界を体験して、どちらがより自分らしくいられるのか知ることなんて普通はなかなか経験できないことだなと思う。それも、過去の記憶を持たずまっさらな気持ちで体験できるなんてことは一度の人生ではほぼ不可能だ。だからお金持ちで傲慢な人がいても、その世界しか知らないのであれば仕方がないのかもしれない。最後に執事が言った言葉が心にのこる。

「人間は与えられた環境に甘んじ、狭めがちですが、あなたは運がいい。人生を別の視点から眺める機会を得られたのです。それをどう生かすのかは、自分次第ですが」

結局は自分次第!