退屈から抜け出すための映画

好きな映画をごり押しするブログ。

映画『過去のない男』記憶を失って生まれ変わった中年男の話。

映画「過去のない男」
1990年代、大不況に見舞われたフィンランド。当時人口500万人の国で約50万人に及ぶ国民が失業していたという。とはいえ実は現在でもあまり回復しておらず失業率は約8%。日本は2%ほどであるから(何かこの数字には裏がありそうな気もするのだけど)、フィンランドで仕事を見つけることがいかに厳しいかがよく分かる。

過去のない男』は2002年のフィンランド映画アキ・カウリスマキの最高傑作のひとつと言われており、わたしも大好きな作品である。アキ・カウリスマキ監督のファンなので今後他の作品も紹介したいと思っているが、まず初見で観るならばということではじめにこの作品を選んだ。この作品が合わないのであれば、残念ながら他のアキ・カウリスマキ作品とも相性が悪いかもしれない。

本作は『浮き雲』に続く敗者3部作の2作目。カンヌ映画祭のグランプリを受賞し、アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた。しかし、常々「わたしがカリフォルニアの地に足を踏み入れることはない」と断言しているカウリスマキは、頑固にも自分の信念を貫き、授賞式の招待を断わった。それには前述したカウリスマキの言葉だけが理由ではない。イラク戦争を起こそうとしているアメリカへの反抗心、もあるのかもしれないが、こんな状況でお祝い気分になれないという自粛の態度が強いだろう。ある意味それは、いつでも支配される側の弱い立場の人間に寄り添うアキ・カウリスマキなりの優しさでもあると、この映画を観ればご理解いただけるはずだ。

 

ざっくりとあらすじ。ヘルシンキにたどり着いたある一人の男が、突然親父狩りにあい、激しい暴行を受ける。病院で心停止が確認され、ご臨終ですとなったその直後、勢いよく起き上がり自分で服を着替え病院から抜け出してしまう。しかし力尽き、岸辺で倒れた状態の男は、天使のような男の子たちに発見され助けられる。

男は暴行を受けた時の衝撃で過去の記憶を一切思い出せない。職安や銀行や警察などでは名前がないことで相手にされず、冷たい対応をされてしまう。その一方で、貧困者たちが集う救世軍の炊き出しで食事を配るイルマという女性に出会い、少しずつ二人の距離が縮まっていく。彼女の助けもあり徐々に社会復帰に近づいていくが…

この映画にはあらゆるところに神の存在がある。まず主人公の男が暴行にあい、自力で駅まで歩いているシーンでは手から血が流れており、その後、病院で一度死んだかと思われたのに息を吹き返した。まるでキリストの復活を再現しているかのようだ。

映画の中では神についての歌を歌い、台詞にも神という言葉がなんども登場し、主人公の男が救世軍に服を支援してもらう際、試着室の壁にキリストの写真が飾ってある。

また、救世軍のイルマの部屋には聖母マリアのような置物があった。彼女の名前イルマはアルファベットで書くとIRMAだ。どうしてもMARIAを意識して付けられた名前のような気がしてしまう。まさに聖母マリアのように慈悲深い彼女はこの男を救うために存在しているようだ。おまけにバージンだ。

ちなみに、自分の名前がわからないこの男は「M」と名付けられている。「M」とは何を意味しているのか。演ずるマルック・ペルトラの「M」なのかもしれないし、謎の男という点でフリッツラングの『M』も思い出される。しかしアキ・カウリスマキファンではやはりマッティ・ペロンパーの存在を思い出されるだろう。
銀行強盗を起こした男(エスコ・ニッカリ)がMに仕事の依頼をするシーンは、カウリスマキ兄弟が実際に経営する旧ソ連のレストランを思わせるような雰囲気が特徴のモスコヴァ・バーで撮影された。2人が座る背後の壁にはマッティ・ペロンパーの写真がキリストと同じような扱いで(むしろ試着室のキリストより扱いがいい)飾られている。

映画「過去のない男」

ご存知ない方に説明をすると、マッティ・ペロンパーはアキ・カウリスマキ映画のデビュー作から参加している常連の役者で、アキ・カウリスマキの分身のような存在であった。ゴダールにとってのジャン=ピエール・ベルモントトリュフォーにとってのジャン=ピエール・レオのように。悲しいことにペロンパーは、この作品が公開される7年前の1995年に44歳という若さで心臓発作のため亡くなった。

キリストやマリアといったモチーフに象徴されるように、作品全体から”慈悲”というキーワードが浮かび上がる。融通の利かないこの世の厳しさ(無慈悲)と個人の中にまだ残っている優しさや思いやり(慈悲)が対照的に描かれる。カウリスマキが無慈悲だと指摘するのは決して職安や銀行や警察で働いている人間ではなく、その組織全体の仕組みなのだ。それは規制でがんじがらめにして、個人の自由な判断を奪ってしまう。判断に困ることは上に確認し、その上の人にもさらに上がいて、そしてその上にも・・・。このピラミッドの頂上に位置するものは決して現場にはいない。想定外の問題に直面した時に現場での勝手な判断は不可能。考えるまでもなく「無理」の一言で済まされてしまう。受付のお姉ちゃんを責めたって仕方がない。

この流れだとなんだかシリアスな社会派のドラマなのかと思われるかもしれないが、アキ・カウリスマキ特有のユーモアは健在である。「はい、ここ笑うところですよ!」というわかりやすい笑いとは正反対の位置にあるが、日常の何気ない会話や仕草にユーモアが散りばめられていて、クスッと笑える。あまりにも無口で静かなシーンもどこか面白いのだ。

 

また、音楽が会話や登場人物の心情の代わりを担っているというところもある。サウンドトラックにはブルース、ロック、ジャズ、そしてフィンランド民謡のイケスルマ(日本でいうムード歌謡のような感じ)などが使用されており、特にフィンランド人が深い思いを寄せるのはフィンランドの国民的歌手であるアンニッキ・タハティが歌う「思い出のモンレポー公園」だという。この曲は戦争によりロシアの領地になってしまった元フィンランドのヴィープリという市を想った歌だ。アンニッキ・タハティは救世軍のマネージャー役として役者も務めているが、最初は乗り気ではなかったもののアキが口説き落として念願のキャスティングが叶ったようだ。歴史を刻んだシワシワの顔の迫力がすごい。ただ、この人の存在が正直どの程度のすごいものなのか日本人にとっては良くわからない。

クレイジーケンバンドのギタリストである小野瀬雅生の「Mottowasabi」やクレイジーケンバンドの「ハワイの夜」といった日本の曲も使われている。「ハワイの夜」が流れるシーンでは、列車の中でMが日本酒を飲みながら寿司を食べている。日本人からしてみたら嬉しくもありおかしくもあるシーンだ。のちにアキが監督する『希望のかなた』内で登場人物が寿司レストランをオープンさせる話の前触れにも感じる。このシーンで箸を使う前にジャケットの内ポケットから何やら細長いものを取り出したが、結局テーブルの上に置いただけで何もせず、あれは何だったのだろうと今でも気になっている。知っている方いましたら教えていただきたいです。(マイ箸かと思った。それか小さな刀?)

現在サウンドトラックのCDは中古しか手に入れられないかもしれないが、Apple Musicでダウンロードすることも可能だ。なかなか見つけられず、ないのだろうと思っていたが、英語タイトルの「The Man Without a Past」で検索したとこと見つかった。「Aki Kaurismaki」ではまったく引っかからないのはなぜだろう。タイトルにも入っているのに・・・。Apple Musicのリンクをどう貼ればいいのかわからないので是非検索してみて欲しい(すみません)。

浮き雲』から続く敗者3部作の2作目ということもあり、主演のMは『浮き雲』でアル中の料理長を演じていたマルック・ペルトラが演じている。無口でどこか哀しい目をしているが、心にはそっと情熱をしまい込んでいそうな雰囲気がにじみ出ていてとても良い。ヒロインのイルマはアキ・カウリスマキ作品では欠かすことができない女優カティ・オウティネンが演じている。当時40歳前後だと思うが、遅れてやってきた初恋にぎこちなく向き合う姿がまるで少女のようで可愛らしくもおかしかった。マスカラをつけている姿が、こんなにもピュアで、こんなにも可笑しみがある人間は他にいるだろうか。

他にも『カラマリ・ユニオン』や最新作『希望のかなた』など多くのアキ・カウリスマキ作品に出演しているサカリ・クオスマンも強欲だけど面倒見が良いのか悪いのかよくわからない警備員として出演していたり、『罪と罰』からの付き合いのエスコ・ニッカリが銀行強盗を演じていたり・・・。などなど。アキ・カウリスマキの映画は同じ俳優を起用することが多いので、続けて鑑賞すると「あ、この人あの作品にも出てた!」という楽しみも出てくる。歳を重ねるにつれ変わっていく容姿を見るのも感慨深い。

看板犬が登場するのもアキ・カウリスマキ映画の定番だが(たいてい監督の飼い犬)、この作品でも警備員が連れてくる犬のハンニバル(タハティ)が登場する。そんな賞があるのかと初めて知ったが、このタハティはカンヌ映画祭でパルムドッグ賞を受賞している。私が面白かったのは、Mとイルマがいい雰囲気になった際に、わざわざハンニバルを家(コンテナ)から追い出すシーン。犬にさえ見られたら恥ずかしいというこの自意識過剰さよ!ちなみに、タハティは前作『白い花びら』に出ていたピートゥの娘である。さらに細かい情報だが、次作の『街のあかり』に出演している犬のパユはこのタハティの娘である。

他にも面白いシーンはたくさんあるが、話の内容に触れすぎてしまうので後はぜひ見ていただきたい。ちょっとだけ含みを持たせて書かせていただくと、ZOZO TOWNの社長を連想するようなセリフや、『イコライザー』の主人公がカフェでするあの行動はもしやここから?というようなシーンがある。

是非ご鑑賞ください。

 

紹介しておいてなんだが、DVDやBlu-rayは新品ではほぼ入手不可能かもしれない。 さらに中古だと価格が高騰しているよう。ネット配信系でもおそらくラインアップにないと思うのでぜひレンタルで。

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映画「華氏119」(ネタバレあり)

「華氏119」

映画「華氏119」
(C)2018 Midwestern Films LLC 2018

作品データ

公開:2018年/アメリカ
原題:Fahrenheit 11/9
監督・脚本・出演:マイケル・ムーア
製作:マイケル・ムーア、カール・ディール、メーガン・オハラ
製作総指揮:バーゼル・ハムダン、ティア・レッシン
撮影:ジェイミー・ロイ、ルーク・ガイスビューラー
編集:ダグ・エイベル、パブロ・プロエンザ

概要・あらすじ

16年の大統領選の最中からトランプ当選の警告を発していたムーア監督は、トランプ大統領を取材するうちに、どんなスキャンダルが起こってもトランプが大統領の座から降りなくてもすむように仕組まれているということを確信し、トランプ大統領を「悪の天才」と称する。今作では、トランプ・ファミリー崩壊につながるというネタも暴露しながら、トランプを当選させたアメリカ社会にメスを入れる。(映画.comより抜粋)

 

感想

こんにちは。久しぶりの更新になってしまいました。時間が過ぎるのってなんて早いんだろう。何もせずに時間ばかり過ぎていく・・・。

さて、地元の映画館で「華氏119」を鑑賞してきました。日本でもハリセンボンの春菜さんんおかげで(?)有名なマイケル・ムーア監督。でも、実際に彼の映画を観たことがあるっていう日本人はどれくらいいるんだろう。平日昼間に観に行ったからか席は結構空いていました。

私は一応ツイッターやインスタグラムのアカウントは持っているものの、普段あんまりSNSを見ないので(だから投稿も怠りがち・・・)本当に世の中の情報に疎い。知りたい気持ちはあるんだけど、今の世の中フェイクニュースも溢れていて何が真実なのかわからないし、余計などうでもいい情報までバンバン目に入ってきたりする。誘惑も多い。そうすると、情報の波に翻弄されるばかりで、ただただ時間が消費されるだけで何も得られず無駄骨を折ることになりがち。そんな私が主に情報源にしているのは、本とBS朝日の『町山智浩のアメリカの今を知るテレビ』と映画である。特に映画は普段ニュースでも取り上げられないようなあらゆる世界の出来事を映像で見て知ることができる。考えるきっかけを与えてくれるこのようなドキュメンタリー映画は、私の目を覚まさせてくれる最も有効な手段としてとてもありがたい存在。

まず「華氏119」というタイトルについて説明をすると、2016年の大統領選でドナルド・トランプが勝利宣言した11月9日という日付と、マイケル・ムーアが過去に監督しブッシュ政権を批判したドキュメンタリー『華氏 911』を踏まえてつけられたもの。さらに引用元をたどれば、レイ・ブラッドベリのSF小説『華氏451度』にたどり着く。華氏451度とは、紙が自然発火する温度を示している。本が忌むべき禁制品となった世界で、昇火士たちが本を所持している者の家に押しかけ、次々と本を燃やしていく話だ。本を隠し持つことは犯罪とみなされる。書物=知識であるから、支配者層の者たちが庶民から知を奪おうとしていることを意味する。頭が空っぽでいてくれれば、権力者やお偉いさんたちがしている悪行に気がつかずに従順でいてくれるからだ。この1953年に発表された小説の中の世界と、今のこの現実がだんだんと近づいてきていることに危機感を感じ、マイケル・ムーアはこのタイトルをつけたのだろうと思う。『華氏451度』は1966年にフランソワ・トリュフォー監督により『華氏451』というタイトルで映画化もされている。

 

 

この映画はドナルド・トランプ大統領がなぜ誕生してしまったのかということに焦点をおき、その周辺にある様々な問題に関しても描かれる。情報量多めでボリューム感たっぷりだが、テンポがよくて2時間ちょっとの時間があっという間に感じられた。ポップで分かりやすい表現と鋭い視点から斬りこむ辛辣さ。(ちょっと悪質な編集もあるけども)果たしてこれはアメリカだけの問題といえるのか。明日は我が身なんじゃないか。と考えさせられるような普遍的で非常に考えさせられる内容だった。

この映画の中で衝撃を受けたところはもうほぼ全部なのだけど、例えば、ミシガン州フリントの水道水汚染問題については特に衝撃的だった。2010年、トランプと旧知の仲である共和党のリック・スナイダー知事は就任後公共事業を民営化。フリントの水源をヒューロン湖から汚染されたフリント川に変更させた影響で、蛇口からは茶色い水が流れ、市民に鉛中毒などの健康被害が広がった。子供たちの鉛の血中濃度の数値は異常値が確認されているというのに、それを当局が隠蔽&改ざんを指示!本当にひどすぎる。さらに頼みの綱である当時の大統領オバマさんも現地に訪れたものの何か対策をしてくれるわけじゃなく、「もう水は安全だから大丈夫!」と言って帰っていっただけ。しかも「喉が渇いたな〜水をくれるかな」という小芝居をしてコップに入った水を持ってこさせるが、飲まずにちょっと唇を当てただけ。これにはさすがにがっかりだし、だったら飲みふりなんてしないでいてくれた方がまだよかった。さらにこの後が衝撃的すぎてもう何が何だかわからない。なんと、民間人が普通に生活するなか住人たちは何も知らされることなく、国防総省がフリントを陸軍の演習場として利用。頭上には戦闘機が飛び、銃弾が飛び交い、目と鼻の先にある建物が爆破する光景が映し出される。自分の住んでいる地域で突然こんなことが起こるなんて本当に信じられないと思う。政治家は自分たちと自分にとって利益になる人以外はどうでもいい存在だと考えているんだろうか。思わず「世の中って・・・」と遠くを見つめてしまう。しかし、このフリントに関する件ではムーアがあるパフォーマンスをすることによって胸がすーっとした。犯罪ギリギリだけど(笑)ちなみに、ムーアはフリントの生まれ。地元ということで人一倍愛着も大きいのだろう。

ムーアはトランプの毎度のデタラメな嘘・差別発言や、政治家や企業のトップらの利己主義、そして大手テレビ局のキャスターの性犯罪率の高さも晒しあげる。世間一般では立派だと言われる(というか言われていた)ような立場の人間が腐敗しきっているという現状に、絶望を隠せない。権力を手中に入れた人間はマリオのスター状態のように、何をやっても自分にダメージは返ってこないということなんだろうか。でもマリオではスター状態には必ず終わりがある。現実にもその日は近いんじゃないかと思う。

皮肉な話だけど、ある意味ここまで酷い状況が続いたからこそ、現状を変えるためには行動に起こさなければと続々と立ち上がる人が誕生したではないかと思えた。先日『町山智浩のアメリカの今を知るテレビ』でも放送されていたけれど、6日に投開票が行われた中間選挙には若い女性やイスラム系、ネイティブ・アメリカン、LGBTなど多様性に富んだ立候補者が多かった。特にムーアも注目していたアレクサンドリア・オカシオコルテス候補はアメリカ史上最年少の女性下院議員でまだ29歳。ハツラツとした雰囲気の美人さんで、1年前までレストランのウェートレスをしていたとのこと。今回見事当選を果たして私もとても嬉しく思った。まさに絶望から生まれた希望だといえるのではないかと思う。

高校での銃乱射事件を受けての銃規制強化のデモにより明るみになった共和党議員へのNRA(全米ライフル協会)からの支持や多大な献金。そして低賃金に加え健康保険料の倍増という教師を追い詰めるような不当な労働状況が、公立学校の教員たちのストライキにより知れ渡ったことも描かれる。もう十分に膿は出始めている。これ以上隠蔽したりごまかしたりはぐらかしたりして傷口を無理やり塞ごうとしたところで、バイ菌だらけの汚い手で触れては逆効果だろう。早めに消毒をしなければ化膿してやがて血が流れることにもなりかねない。

これもまた町山さんの番組で過去に観たけれど、何度見ても胸に迫るのが銃規制を求める「我らの命のための行進」でパークランドの高校生エマ・ゴンザレスさんが壇上で訴えるスピーチと黙祷だ。本当に見るたびに目頭が熱くなってしまう。身近な友人や同じクラスで勉強をしていた人たちが、ある日突然いなくなってしまうなんて状況はめったに合うことはない。実際に体験したものにしかわからないことや気持ちがある。よく「人の気持ちになって考えろ!」と人は言うけれど、結局はその人の立場に立たないと気持ちなんてわからない。超能力者じゃあるまいし。でも彼女の言葉からは心からの痛みや悲しみ、そして祈りが伝わってくる。人の気持ちになって考えるという頭の中での行為ではく、ダイレクトに心の中に響いてくるものがある。17歳の少女の訴えにトランプは「教師に銃を持たせたらいい」なんてアホみたいな発言をしていた。精神的に大人なのはどちらなのか一目瞭然。自分の言ってることがよくわかっていないんだろうか。

人間だから失敗することはある。でも1度失敗をしたことを2度繰り返さないよう学び、原因と対策を考える。歴史は失敗の前例の宝庫だ。だから歴史を学べば同じような過ちを繰り返す前に食い止めることができる。このドキュメンタリーもそんな役割を担っていると思う。この映画の中での出来事が、自分の身にも降りかかってきた時どうすればいいのか。やっぱり行動に移さないと変化は起きないのだと感じた。行動に移すことはどれだけエネルギーと勇気と精神的な負担のいることだろうと思う。必ずしもその行動が多くの人に受け入れられるとは限らないし、確実に批判も受けるだろう。でも、この映画の中で戦いに挑むマイノリティの人々を見て、これからどんどん良い変化が起きそうな予感も感じられた。いま是非観て欲しいオススメの映画です。

 

パンフレット

映画「華氏119」パンフレット
22ページで700円。作品紹介、ストーリー、プロダクション・ノートなどの基本情報から、マイケル・ムーアのインタビュー、そして映画評論家の町山智浩さんのコラムがあります!テキスト量も多めで、読みながら映画を振り返るのに十分な内容。町山さんのコラムが入ってる時点で間違いなく買い。

マイケル・ムーア監督作品

世界一の自動車工場GMの合理化政策によるリストラ問題に立ち向かった、ムーアのドキュメンタリー作家デビュー作品。

コロンバイン高校銃乱射事件や、ミシガン州で起きた6歳児の発砲事件を軸に、アメリカ人はなぜ銃を捨てられないのか?アメリカン人の抱える銃問題を探る。

ブッシュ大統領を徹底批判したドキュメンタリー。ブッシュは大統領に相応しいのか?経歴や言動から暴いていく。

先進国で唯一国民皆保険制度のない国アメリカの、医療保険制度が抱える問題に切り込んでいく。

アメリカを良くしていくためのヒントを世界各国から略奪する旅に出る!なぜ他の国に出来て自分の国では出来ないのか?日本人から見ても考えさせられる内容。

映画「負け犬の美学」(ネタバレあり)

「負け犬の美学」

映画「負け犬の美学」
(C)2016 - UNITE DE PRODUCTION - EUROPACORP

作品データ

公開:2017年/フランス
原題:Sparring
監督:サミュエル・ジュイ
製作:ブリュノ・ナオン
脚本:サミュエル・ジュイ、クレマン・ルシエ、ジェレミー・グエズ
撮影:ロマン・カルカナッド
美術:フレデリク・ドゥブレ
衣装:アリス・カンブルナ
編集:ティナ・バズ
音楽:オリビア・メリラティ
出演:マチュー・カソビッツ、オリビア・メリラティ、ソレイマヌ・ムバイエ、ビリー・ブレイン、トミー・ルコント、ライズ・セイレム、アリ・ラビディ、ダビド・サラシーノ、イブ・アフォンソ、アミール・エル・カセム、アルバン・ルノワール

概要・あらすじ

最盛期を過ぎた40代のプロボクサー、スティーブ。彼は愛する家族のため、そして自分自身の引き際のために、欧州チャンピオンの練習相手に立候補するが……。(映画.comより抜粋)

 

感想

新宿シネマカリテにて鑑賞してきました。負け続きで落ち目のボクサーであるお父ちゃんが、誰もが敬遠するスパーリングのパートナーに志願し、半ば無理やりに雇ってもらう。愛する家族の生活のため、そして愛する娘にピアノを買ってあげるために、日々ボコボコにされながらも何度も立ち上がり耐え抜く。その頑張りの末、やがて最後のチャンスが舞い込んで・・・。というお話。

監督と脚本を務めるのは、これが長編映画初監督であるフランス出身のサミュエル・ジュイ。舞台俳優としてキャリアをスタートさせ、これまで数多くのテレビ映画などに出演している。フランス人は俳優から監督業に進出するという例が多い。かつてフランスの映画監督であり、俳優であり、プロデューサーだったクロード・ベリは生前「映画監督になりたければ俳優になればいい」と言って自らその通りの道を進んでいきました。それにならってか俳優から監督業に挑戦することは、フランスでは自然なことのようです。日本人の俳優には少ない傾向ですね。

まず、映画の内容に関係ないけどツッコミを入れたいのが『負け犬の美学』というこの邦題・・・。原題は「スパーリング(スパーリングパートナー)」と、映画の内容からシンプルにつけられているのに対し、どうして邦題はこうも捻くれたタイトルになってしまったの?「負け犬」というワードも酷いし、別に主人公から「美学」とかそういう思想が感じられるわけでもない。なんだかちょっと見下すようなそんなニュアンスも感じ取れてなんか嫌な感じがしてしまったんだよなぁ。「負け犬」とか「負け組」とか「勝ち組」とか、人に対してそういう風に呼称するのってすごく嫌だなぁと思うし、そもそも定義がよく分からないよ〜。「人生を踊れ!」ってキャッチコピーもよく分からない。そういう映画でした?私はこの映画から”人生を踊れ!”というメッセージは感じられなかったなぁ。私が受け取ったメッセージは”お金のために痛みに耐えろ!”ですかね。

「負け組」とか「勝ち組」という呼び方は嫌いだけど、もちろんスポーツに勝負は付きもの。勝つ人もいれば負ける人もいる。この主人公のスティーブ(マチュー・カソビッツ)は48戦13勝3分32敗という「さすがにもうやめた方が・・・」と思わざるを得ないほどの見事な負けっぷり。しかも年齢が既に40代も半ばに差し掛かっている。体力勝負のスポーツ界、ましてやボクシングでは下手したら死の危険だってある。それでも「打たれ強さだけが長所」という理由でずっと続けてきた。その精神的な打たれ強さゆえ、いくら負けても周囲に馬鹿にされても悔し〜〜!といった負の感情や悲壮感をまったく見せない。肉体的にも打たれまくって顔や体はボロボロ。朝起きれば顔のかさぶたが枕に張り付き、おしっこをすれば真っ赤な血尿が出るなど、見てるこっちの体が痛くなってくる。あぁ、ボクサーはこんな生活が日常的なんだろうなぁと思わせる描写が細かく描かれる。

 

スティーブにはちょっとヤンキー風な美人の奥さん(オリヴィア・メリラティ)と、超かわいい娘(ビリー・ブレイン)と、超かわいいまだ幼い息子がいる。一家4人を養っていかなきゃならないスティーブは、奥さんから50戦したら引退せよ!と迫られている。超かわいい娘はボクサーであるお父さんを誇りに思っていて、試合後帰宅すると「今日の試合どうだった!?」とキラキラした目で聞いてくるのがまた辛い。実は映画を観る前、ポスターでこの子の写真を見たときに「まぁかわいい男の子だなぁ」なんて思っていた私・・・。どうも失礼しました。この可愛いお嬢さんはピアノを習っていて、パリ国立高等音楽院へ入学するという夢がある。その夢を叶えてあげるためにピアノを買ってあげたい!と思うスティーブ。夢を成し遂げられず、いつまでも中途半端でふらふらした状態の自分のようにはなって欲しくないという気持ちも強いんだろうなと思う。

私もつい、小さい頃のことを思い出した。ピアノを習っていた小学生の頃、周囲の友達もみんな習っていたんだけど、うちにだけピアノがなかった。団地に住んでいる子の家でもみんなピアノがあったのに、ピアノを習っていてピアノが家にないのは本っ当にうちくらいだった!どうしても買ってもらえなくて、お願いして最終的にやっと安物の電子ピアノが与えられました。結局すぐにピアノの習い事も嫌になってしまって辞めちゃいましたけど。家で練習出来るか出来ないかは結構大きいと思う。

チャンピオンのタレク(ソレイマヌ・ムバイエ)が試合のためのスパーリングパートナーを募集してると知ったスティーブンは、娘のピアノ購入資金のために志願!スパーリングパートナーは試合以上に過酷で大きな危険が伴うらしい。なぜかというと、試合では致命的な打撃を受ける前にレフェリーが試合を止めるけど、スパーリングパートナーは、試合を控えて闘争心がみなぎり荒れ狂った男を1ヶ月もの間、毎日相手にしなければいけないからだとサミュエル・ジュイ監督が語っている。練習場に着くと、他に自信たっぷりな若者のスパーリングパートナーが2人いて、今までの戦績を得意げにアピールする。この状況で自己紹介しなければならないスティーブ。あぁ、私だったら恥ずかしくて逃げ出したくなる。おまけに体つきも全然違う。スティーブを演じるマチュー・カソヴィッツは多少筋肉は付いているものの他のボクサーと比べたら全然で、もっと鍛え上げてこいよ!と思わざるを得ない。そのくせ背中や腕にはいくつも大きなタトゥーが彫ってあるのが、なんかかっこ悪い。リングに上がってスパーリングを開始するも、相手はチャンピオンだからボコボコにされて終わるだけだし、「なんだこいつは!」と言われてしまう始末。

この主人公、本当にボクシングで成功したかったんだろうか?打たれ強いというところはよぉぉぉく分かるのだけど、ボクシングの練習や体力作りに関して努力が感じられるようなシーンがない。それなのに、スパーリングパートナーを含めたタレク陣営の作戦会議でトレーナーが考える作戦に堂々と異議を唱えたり、タレクにアドバイスをするのはなぜか。確かにスティーブは自分は”持ってない”ことを完全に自覚していて、その中で自分なりに出来ることを仕事として遂行しているといった割り切りがあるように感じる。ボクシング好きなボクシング下手であるスティーブは、下手だからこそ熱心にボクシングを研究していたのかもしれない。例えるならば、研究熱心で的確な批評をする映画評論家が、実際に映画を監督して作ってみたらどえらいゴミ映画ができてしまったみたいなもんだろうか。(注:ただの例えなので特定の人物がいるわけではありません。)それでもやっぱり48戦32敗のへっぽこボクサーのアドバイスを、チャンピオンが真剣に耳を貸すとはあまり思えない。そもそもチャンピオンを目の前にして自分の意見を言うなんて、かなり思い上がっているし、確実にレベルが上の人じゃないと普通だったら恥ずかしくて出来ないよ!その昔人気があったが今は落ちぶれてしまった元チャンピオン(『レスラー』のミッキーロークみたいに)とかいうわけでもないし。その辺りの説得力、もうちょい欲しかったなぁ。

 

最初は気が進まなかった「どうしても練習試合が見たい!」という娘の願いを叶えてあげるも、娘が見てる前で対戦相手に馬鹿にされ、心ないヤジが飛び、ボコボコにやられるダサい姿を晒す羽目になる。居たたまれない気分になった娘は思わず会場から飛び出してしまう。今まであんなにお父さんっこだったのに、急に冷たくなる娘・・・。娘のピアノを買うためにお父ちゃん殴られているのに!これはかなり切ない。そんなこんなで練習試合も終わり、スパーリングの役目も無事に終了することになる。そんな時にタレクから前座の試合に出るはずだった選手が出られなくなったから、代わりに出ないかと持ちかけられオファーを受けることに。妻と引退の約束をした50試合目の最後の試合になるからなんとしても勝つ!!と気合を入れて臨み、試合は勝ったのかどうかはっきりとは見せないけれど、どうやら勝ったらしい。しかし、せっかくの最後の試合なのに娘見に来なかったことに私は驚いたよ・・・。(これは映画冒頭とつながってくるシーンだってことは分かるんですけどね。)

エンディングで「スティーブンの32敗なんてまだまだ甘いぜ〜」と言わんばかりのリアルに負け続きのボクサーたちの映像が流れるんだけど、ここが一番面白かった(笑)負けの数が3桁の人とかもいて、なんで続けられているんだかもう意味がわからない。この人たちのドキュメンタリーの方が興味あるなぁ。

そういえば、カメラワークで結構気になる箇所があった。なぜだか前方に余計なものが入り込んでたりして、重要な最も見たいと思う部分が隠れてるショットがよく目に付いたんです。観てるものからしてみればかなりストレスがたまる映像。監督曰く、どのカットもまるで、実際にそれが起きた瞬間を切り取ったものであるような印象、そして俳優たちの気付かないところで撮影されたという印象を与えたかったそう。確かに、試合のシーンでは観客席から見ているような感じで撮っているんだろうな〜とは思った。でも、もうちょっと対象の人と、それを遮る邪魔な存在が被らないようにしてもらえたらモヤモヤすることなく見られてよかったなぁ〜なんて思ったりしましたよ。

役者さんの紹介をすると、主役のスティーブンを演じていたのは日本でも大ヒットした『アメリ』でアメリと恋に落ちるニノ役を演じていたマチュー・カソビッツ!ボクシングシーンは振り付けをつけずに本気で打ち合いをしていたとのこと。だから映画の中での顔の傷はメイクじゃなくて本物なんだそう。チャンピオンのタレク役には、WBA世界スーパーライト級王者のソレイマヌ・ムバイエ(2017年時点で総試合数47のうち4敗)を起用。映画出演は今回が初。スティーブンの奥さん役は、この映画の音楽も担当しているオリヴィア・メリラティ。ダン・レヴィーと共にThe Døというエレクトロ・ポップ・デュオを結成し、2015年にサマソニにも出演しています。

 

パンフレット

映画「負け犬の美学」パンフレット
22ページで780円。ストーリー説明も丁寧だし、マチュー・カソビッツやソレイマヌ・ムバイエ、監督のサミュエル・ジュイのインタビューの文面がボリューム多めなのもいい。さらに私も(エンディングの曲以外は)大好きな安藤サクラさん主演のボクシング映画『100円の恋』で脚本を手がけた足立紳さんのエッセイ、そしてスポーツライターの渋谷淳さんが紹介するスティーブの姿と重なる日本人ボクサーについてのエッセイが興味深かった。パンフレットの内容は結構濃いめ。

おススメのボクシング映画

ボクシング映画の金字塔。

デニーロが役作りのため体重を27kg増量した話が有名。

ラストは涙なくしては見られない。

映画「世界で一番ゴッホを描いた男」(ネタバレあり)

「世界で一番ゴッホを描いた男」

映画「世界で一番ゴッホを描いた男」
(C)Century Image Media (China)

作品データ

公開:2016年/オランダ・中国
原題:中國梵高 China's Van Goghs
監督:ユイ・ハイボー、キキ・ティンチー・ユイ
製作:キキ・ティンチー・ユイ
製作総指揮:ユイ・ハイボー
撮影:ユイ・ハイボー
出演:チャオ・シャオヨン

概要・あらすじ

中国・深セン市近郊にある「大芬(ダーフェン)油画村」。ここでは世界の有名画家の複製画制作が産業として根付いており、世界市場の6割ものレプリカがこの地で制作されていると言われている。出稼ぎでこの町に来たチャオ・シャオヨンは独学で油絵を学び、ゴッホの複製画を20年間も描き続けている。そんなシャオヨンは、いつからか本物のゴッホの絵画を見たいという夢を抱いていた。ゴッホが実際に描いた絵を自身の目で見てゴッホの心に触れ、何か気づきを得たいという思いは日増しに強くなり、その夢を実現するため、シャオヨンはゴッホ美術館があるアムステルダムの地を訪れるのだが……。(映画.comより抜粋)

 

感想

新宿シネマカリテにて鑑賞しました。この作品は、中国・深セン市近郊の町でフィンセント・ファン・ゴッホの複製画を描き続けている男が「本物のゴッホの絵を見る」という夢を実現するため、アムステルダムを訪れるまでを描いたドキュメンタリー

監督は、映画監督以外にも写真家としても活躍されているユイ・ハイボーと、その娘でCentury Image Media(この映画の製作会社でもある)でプロデューサーを務め、中国上海交通大学の研究所の映画科で助教授として教鞭も取っているというキキ・ティンチー・ユイの親子が務めています。

目の付け所が面白いなぁと思いました。美術館のお土産コーナーで販売されている複製画ってこうやって作られてるの!?ってかなりビックリ。今まで複製画って本物の絵をただコピー(印刷)した物のことだと思っていたんですけど、違うんですね。調べたところ、複製画の技法は様々で、作家の合意の下つくられたオリジナルそっくりの画のことを言うそうです。偽物でも贋作でも違法でもない。でもオリジナルとは微妙に違うし、書いてる人がそもそも作者本人ではない。どれ1つ同じ作品ではないというのに、同じものとして売られているというなんともあやふやなビジネスですね。

 

中国・深セン市近郊にある大芬(ダーフェン)は世界最大の「油画村」として有名で、約1万人の図工がおり、世界市場の6割の複製油画がこの場所で制作されていると言われているそう。失礼ながら中国と西洋美術、ましてやゴッホがどうしても結びつかず、そんな村があることを初めて知って驚きました。その「油画村」で、このドキュメンタリーの主人公であるチャオ・シャオヨンさんは誰よりも多くゴッホの複製画を描いてきた。普通のマンションの1室のような場所に、チャオさんや画工さんたちが働く工房がある。ゴッホの複製画を黙々と描き続ける光景は、もはや機械的にこなす仕事に近く、アートの世界とは程遠い。そんな状況の下、多い時ではゴッホの複製画を月に600〜700枚も世界中に輸出しているという。忙しい時は衣食住のすべてを工房の中だけで済ませる。自分たちが描いたゴッホの絵に囲まれた部屋で、上半身裸の中国人の男たちが雑魚寝する光景は異様でしかない。

描かれている絵は、ゴッホの自画像やひまわりや星月夜、夜のカフェテラスなどなど恐らく依頼を受ければ何でも描いているよう。複製画って鉛筆で線を引いたり下書きしたり、もっと慎重に作られるものだと思ってたけど、下書きもなくそのまま筆入れちゃう大胆さにもびっくりだし、あのアバウトさで完成品がそれなりに似た仕上がりになっているところもすごい。もちろん本物と瓜二つなまでにそっくりとは言えないけど・・・。ベテランのチャオさんは、他の若い画工に対して厳しい指導も行う。でも、書き直しを命じられた画工は「もう嫌だ!」と反抗。チャオさん、慕われてないのか・・・。そんなチャオさんは独学で油絵を学び、20年間ゴッホの絵を描き続けてきたけれど、本物のゴッホの絵を見たことがないという。チャオさんも画工たちもゴッホの絵の写真を見ながら描いている。みんなでカーク・ダグラス主演の『炎の人ゴッホ』を鑑賞するシーンも。

そんなチャオさんの”いつかゴッホ美術館に行って本物のゴッホの絵が見たい!!”という夢を叶えるというのが、このドキュメンタリーの肝。いつも複製画を買い取ってくれているクライアントからの「遊びにおいでよ!」という誘いに、奥さんから「お金ないのに!」と責められながらも、チャオさんはついにアムステルダム行きを決意。アムステルダムに行く前に、シミュレーションのためか?家族で世界の名所のミニチュアが集まったテーマパークみたいなところに遊びに行く場面があって、「なんじゃここ!」とすごく興味が湧いてしまいました。この場所は、深センにある”世界の窓”というテーマパークだそう。世界各国の観光名所がすべて集まっていて、ここに行けば世界一周も夢じゃない!という面白いスポットとなっている。写真でなら「ここ行ってきたんだ〜」と言っても騙せるかもしれない。日本のコーナーももちろんあるけど、写真で見たところ富士山めちゃしょぼかった。でも面白そう。ちょっと行ってみたいな・・・。

そして念願叶ってチャオさんはオランダへ。アムステルダムに到着して早速自分が描いた複製画を目にする。チャオさんは自分の絵が立派な画廊で売られているものだと思っていたのに、実際は土産物屋で販売されていると知り落胆するが、販売価格が卸値の8倍もの値がつけられていることに一層ショックを受ける。月に何百枚もの複製画を輸出しても、チャオさんの家庭は生活していくのがやっとなのに、それを安く買ってその何倍もの価格で売っている他の国のクライアント達は儲けているという現実。この世の仕組みの冷酷さをまたひとつ知ることになり、あぁ、資本主義怖い。と改めて感じました・・・。

 

オランダへの旅は、本物のゴッホの絵を見るという目的の達成だけじゃなく、チャオさんがずっと悩んでいた「自分は職人か。芸術家か。」という迷いをさらに加速させ、答えを出すきっかけともなる。ゴッホといえば、印象派を代表する画家でありながら生前まったく評価されず、不遇な人生を送ったことで有名。絵を描き続けても貧乏なまま生活はちっともよくならず悲劇の死を迎えてしまったゴッホに、チャオさんが自然と自分自身を重ねて感情移入してしまうのも無理はないなぁと思う。そんなゴッホの悲しい結末を知っていながらも、チャオさんは自分のオリジナルの絵を描き始めるようになる。チャオさんが描く故郷の風景や大好きな祖母の肖像画はやっぱりどこかゴッホ風だけど、ゴッホが染み付いて離れないチャオさんの手から描かれるものだからそれは仕方ないし、それこそがチャオさんの絵なのだと思う。間違いなく複製画ではない、”自分のオリジナルの絵だ!”と言える作品が出来たことによって、それまでチャオさんと芸術の間にあった分厚い壁を壊せたんじゃないだろうかと思う。たとえ、それが生きてる間に評価されなかったとしても、それも「きっと俺の絵もゴッホと同じで死んだ後に評価されるんだ〜」と思って納得しそうな感じさえある。それにしてもチャオさんが町の風景を描いてる時に「写真に撮ればいいじゃん」とわざわざ言ってくる通行人の無神経さにイラっとしちゃった〜

そんな感じで、初めて知ることがたくさんあって色々と驚かされたドキュメンタリー映画でした。こういう映画に出会うと、世の中知らないことがまだまだたくさんあるなぁ〜と痛感します。私たちの周りには物が溢れているけど、どこで誰がどんな労働条件のもとそれを作っているかなんて気にせずにただ消費している人がほとんどだと思うし、そんなこといちいち考えてたらそれだけで疲れる・・・。私は一応化粧品を買うときには”このメーカーは動物実験はしていないか”とかは調べていたりしたんですけど、やっぱり私たち消費者には見えない部分で、誰かが得をして誰かが損するようなそんなビジネスの仕組みがあるんだろうなぁと考えさせられました。

今度美術館に行く機会があったらグッズコーナーをもっとよく見てみよ〜っと。

パンフレット

映画「世界で一番ゴッホを描いた男」パンフレット
18ページで800円と、ページ数が少ない割にはちょいとお高め。中国での複製画ビジネスについてより理解できる説明や、映画評論家の川本三郎さん、デヴィッド・リンチ関連の本でよく目にする美術・映画評論家の滝本誠さんのコラム、漫画家の赤堀君のイラストなどあり。

ゴッホ関連映画・映像作品

ゴッホのタッチを再現した「動く油絵」で全編構成されたアートサスペンス映画。

チャオさんたちが観ていた映画。カーク・ダグラスがゴッホを熱演!

ゴッホの最期の72日間を描いたドラマ。

ゴッホの人生を研究者たちが解説するゴッホ美術館オフィシャルDVD。

映画にゴッホは出てこないのに、なぜかジャケット写真の背景がゴッホの『星月夜』。ピカソは出てるよ!

映画「バーバラと心の巨人」(ネタバレあり)

「バーバラと心の巨人」

バーバラと心の巨人
(C)I KILL GIANTS FILMS LIMITED 2017

作品データ

公開:2017年/アメリカ
原題: I Kill Giants
監督:アナス・バルター
製作:クリス・コロンバス、マイケル・バーナサン、ジョー・ケリー、ニック・スパイサー、カイル・フランク、キム・マグヌッソン、エイドリアン・ポリトウスキー、マルタン・メッツ
製作総指揮:マーク・ラドクリフ、ミシェル・ミラー、ジャスティン・ナッピ、ジョハンナ・ホーガン、ナディア・カムリッチ、ジル・ワテルケン、ジェームズ・ギブ、ゴードン・ピュー
原作:ジョー・ケリー、ケン・ニイムラ
脚本:ジョー・ケリー
撮影:ラスムス・ハイゼ
美術:スージー・カレン
編集:ラース・ビッシンク
音楽:ローラン・ペレズ・デル・マール
音楽監修:クリス・ピッカーロ
出演:マディソン・ウルフ、イモージェン・プーツ、 シドニー・ウェイド、ロリー・ジャクソン、ゾーイ・サルダナ

概要・あらすじ

風変わりな少女バーバラには、やがて襲来する「巨人」を倒すという使命があった。ところが姉カレンやモル先生、初めての友人である転校生ソフィアですら、巨人の存在を全く信じようとしない。そしてついにバーバラの前に巨人が現われ、ある試練をもたらす。(映画.comより抜粋)

 

感想

TOHOシネマズ シャンテにて鑑賞しました。途中までは「バーバラ可愛いなぁ。お姉ちゃんも美人だなぁ。でもさすがにバーバラちょっと頭がおかしいんじゃないか?」と思いながら観ていたんですが、最後の最後で泣いてしまいました・・・。しかもジワジワくるタイプの感動だったものだから、エンディングロール流れてる間も涙止まらず。

監督は、今作が初長編監督作となるデンマーク出身のアナス・バルター。「ヘリウム」で第86回アカデミー賞短編実写賞を受賞しています。

↓youtubeで観れますが、日本語訳はありません。

原作は、『ベイマックス』のキャラクターを手掛けたジョー・ケリーと、日系イラストレーターのケン・ニイムラによるグラフィックノベル「I KILL GIANTS」。制作は「ハリー・ポッターと賢者の石」のクリス・コロンバス監督が務めている。

この作品を観た時に真っ先に思い出したのが『テラビシアにかける橋』。『テラビシアにかける橋』は2人の孤独な少年少女が森の中に「テラビシア」という秘密の王国を作りあげ、空想なのか現実なのかわからないおとぎ話のような世界観で描かれている。どちらの作品も主人公がいじめにあっている状況、ノートに書きためているイラスト、転校生がやってきて仲良くなる、仮想の世界を作り上げその中で敵を倒そうとするところなどが共通している。しかも、バーバラが学食でひとりでご飯を食べていた時、いじめっ子たちがやってきて「そこは私の席だから金払え!」みたいなシーンがあるんだけど(そもそもあんたは使用料はらっとんのかい)、『テラビシアにかける橋』でも、いじめっ子のボスがトイレに入ろうとする生徒たちに「トイレ使うんなら1ドル払え!」って言ってるシーンがある。この類似性は明らかに『テラビシアにかける橋』を意識したもののように感じられる。それにしてもあのいじめっ子のリーダーの女の子がバーバラに殴りかかってくるシーンめちゃくちゃ怖かったなぁ。バーバラ以上にあの子の精神面の方がだいぶ心配なのだけど・・・。

 

バーバラの役は『テラビシアにかける橋』の主人公と転校生をミックスさせたような雰囲気なのだけど、それに私の大好きな映画の1つである『ゴーストワールド』のイーニドの要素が加わっているように思う。『ゴーストワールド』は、高校を卒業したけど進学も就職もする気がなく、他人をバカにした態度で世間に馴染むことが出来ない女の子が主人公の作品。どこかバーバラには「私は他の人とは違う」「世の中みんなバカばっかり」と、世の中を見下している、というか世の中と自分を切り離しているような態度が窺える。スクールカウンセラー相手にも難しい言葉を並べて舌鋒鋭い言葉を放つ彼女は、他の生徒と私は次元が違うのよというアピールのようだけど、自分の弱さがバレないように身に付けた必死の抵抗のようにも感じられる。そういえば昔、女優の二階堂ふみちゃんが学校でいじめられていた時、いじめっ子相手に難しい言葉を並べて言い返して反撃していたという話を読んだことがある。確か『二階堂ふみフォトブック 進級できるかな。』に書いてあったような気が。

そして、彼女が身に付けている装飾品も、すべて彼女の心の弱さから身を守るための防護服であり、弱さに負けないための戦闘服であるように私には感じられた。というのも私自身に実際そういう時期があったから。今思い返してみると、コンプレックスだったり精神的な不安があるからそれを補うために、誰から見ても分かりやすい自己主張としての”ファッション”に走っていたようなところがあった。それがバーバラのようにちょっと普通じゃない、人と違う格好というものをしがちだったりするわけで、それが自分の中での反抗心やバリケードのような働きをしていたのではないかと今になって思う。

そんな風に「私は人とは違う。」「こんなことが何でみんな分からないの?」という意識というか思い込みがバーバラからも、イーニドからも感じられる。それに加えて、大きな眼鏡をかけているところや、絵を描くのが好きなところも共通しているし、母親の不在という点も両者の心の闇を大きく占めている部分なんじゃないかな〜と思った。バーバラと唯一友達になるソフィアという女の子も、どことなくイーニドの友達のレベッカ(スカーレット・ヨハンソンが演じている!)に容姿が似た雰囲気。

↓『ゴーストワールド』の1シーン。

映画「ゴーストワールド」

 

バーバラの家は姉と兄と末っ子のバーバラの3人兄弟で、両親の姿は一向に現れない。そのため、長女が親代わりとして家の家事や兄弟の面倒や仕事など、すべての役割を押し付けられているのでいつもイライラしている。両親は死んだのかなんなのか終盤まで分からないのだけど、ネタバレをしてしまえば母親は病気で先が長くなく、部屋で寝たきり状態になっていたことがわかる。2階に寝たきりになっている母親の部屋があるから、バーバラは2階にある自分の部屋に行くことが出来ない。現実を直視することが怖いから。見なければ母の重い病状を知らずに入られるので、自分が巨人を倒せば母がまた元気になるという自分に都合のいい世界を想像することができる。

ところでこの映画、父親が最後まで出てこないんですよね。それが本当に不思議。登場人物はほとんどが女性で構成されています。ここ最近の女性が”強い”時代の流れに見事にハマった感じ。男の力を借りずに物事を解決していくという女性の姿は、監督自身が長い間一人暮らしをしている母や姉を見て、女性の強さを実感したことも反映されているようです。

最後の方まで巨人の正体は実在するのか、それともバーバラの妄想なのかわからない。どちらとも考えられるように描かれているからこそ「なぜバーバラは巨人と戦っているのか」が分かった時、胸にグッサリときてしまった。それまでちょっとついていけないところもあったりしたのですが。巨人との格闘シーンは、ロケ地のアイルランドのビーチを丸ごとスタジオに再現したらしいです。セットと知ってもう1度見たくなった!そういえばここでも『シェイプ・オブ・ウォーター』みたいにバーバラが海に沈んでいく幻想的なシーンがありましたねぇ。なんだか最近の映画は女の子が海に沈みがちなところがある。まぁ確かに、海水の青と、上から差し込む光と、沈んでいく女の子のコラボレーションは最強に美しい。

 

この映画では、”コヴレスキー”という謎の呪文が巨人を倒すキーになっていた。”コヴレスキー”というのはバーバラが日夜聴いていた野球の中継を録音したテープからどうやら野球選手の名前だということがわかる。その時の試合でコブレスキーと戦う敵チームが「ジャイアンツ(巨人)」だということもわかってくる。そしてそのままテープを聞いていると、やがてバーバラの母とバーバラの会話が聞こえてくるところで、すべての点が繋がる。

この”コヴレスキー”さんは20世紀初頭に実在していたメジャーリーグの投手ハリー・コヴレスキーのことなんですって。ハリー・コヴレスキーは1907年にフィリーズとのキャリアをスタートし、1908年のシーズン終わりにはニューヨーク・ジャイアンツ相手に、5日間で3連勝したことから「ジャイアンツ・キラー」と呼ばれるようになったとか。おぉ、まさかそこから繋がってくるのか!っていう拍子抜けとともに、ちょっとバカバカしくって思わず笑っちゃいそうにもなる。だけどそんな、大人からしてみたらバカバカしく思えるようなことも、子供にとっては”母がいなくなる”というとても耐え切れないような人生において最大限に辛い出来事によって、”母が助かる可能性がある”と思える事であれば、どんな些細なことでも試み、頑なに信じ、願っているのだと思う。その少女のひたむきさがなんとも健気で涙ぐましかった

主役のバーバラを演じたのは『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』のトランボの末娘役や『死霊館 エンフィールド事件』の悪霊に取り憑かれる美少女役を演じていたマディソン・ウルフちゃん。ウサ耳つけた不思議ちゃん役も、この美少女が演じれば痛々しく見えないし、むしろ可愛くってつい引き込まれる。

それからスクールカウンセラーのモル先生を「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズでガモーラを演じるゾーイ・サルダナ、(ハル・ベリーもモル先生役の候補になっていたそうです。)バーバラの美人の姉カレンを「マイ・ファニー・レディ」のイモージェン・プーツがそれぞれ演じているのも見どころ。

綺麗な女性たちを観ているだけでも結構楽しめるけど、バーバラと巨人との戦いは本当に心を動かされた。厳しい現実を受け入れ、乗り越えていくひとりの少女の成長物語に激しく心揺さぶられます!オススメ。

パンフレット

映画「バーバラと心の巨人」パンフレット

パンフレットは22ページで720円。小説家の道尾秀介さん、映画ライターの折田千鶴子さんらのレビュー。スタッフ・キャストのコメント。原作の作画を描いたケン・ニイムラさんへのインタビュー。翻訳家、アメコミ・エディターの柳亨英さんのコラムなどが掲載されています。

「バーバラと心の巨人」関連商品
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映画「エンジェル、見えない恋人」(ネタバレあり)

「エンジェル、見えない恋人」

エンジェル、見えない恋人
(C)2016 Mon Ange, All Rights Reserved.

作品データ

公開:2016年/ベルギー
原題: Mon ange
監督:ハリー・クレフェン
製作:ジャコ・バン・ドルマル、オリビエ・ローサン、ダニエル・マルケ
脚本:ハリー・クレフェン、トマ・グンジグ
撮影:ジュリエット・バン・ドルマル
衣装:ブリット・アンジェ
編集:マティアス・ベレス
音楽:ジョージ・アレクサンダー・バン・ダム
出演:フルール・ジフリエ、エリナ・レーベンソン、マヤ・ドリー、ハンナ・ブードロー、フランソワ・バンサンテッリ、ゴーティエ・バトゥー、レオ・ロルレアック、ジュール・マイニー

概要・あらすじ

パートナーの突然の失踪により、絶望を味わったルーズは精神病院に収容され、誰に知られることなく、1人の男の子を出産する。エンジェルと名づけられたその子どもは、目に見えない存在であるという、特別な特性をもっていた。そんなエンジェルを、ルイーズは世間との接触を絶ち、施設の中で育てていった。そしてある日、エンジェルは盲目のマドレーヌという少女と出会う。目が見えないマドレーヌはエンジェルの秘密に気がつくことはなく、2人は次第に惹かれあい、愛を育んでいくが、ある時、マドレーヌが視力を取り戻すため目の手術を受けることになり……。(映画.comより抜粋)

 

感想

ヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞。目に見えない存在として生まれた青年と盲目の少女の愛の姿を描いたラブロマンスっていうことですが、私はすっかり「目に見えない存在として生まれた青年」の部分を見落としていたので、チャップリンの『街の灯 City Lights』や、1998年に日テレで放送されていた竹野内豊さんと山崎努さん主演のドラマ『世紀末の詩』の2話「パンドラの箱」みたいな話(ピンポイントすぎる)なのかなぁと勝手に思っていたんですけど、ぜんっぜん違いました。多分今ちょうど上映中のブレイク・ライブリー主演『かごの中の瞳』の方がまさにそんな感じの作品かと思う。観てないけど。

さらっと『世紀末の詩』を例えで入れたけど、伝わりづらいですよねすいません。大好きだったドラマなので、つい。一向にDVD化されそうにないのが残念でたまらない。吉川ひなのちゃんとか松本恵ちゃん(現松本莉緒)が超可愛かったんだ〜。

さて、この「エンジェル、見えない恋人」についての感想ですが、潔く言います。よくわからなかった!!!

製作は『神様メール 』『トト・ザ・ヒーロー』のジャコ・バン・ドルマル。監督は俳優としてドルマル作品などに出演し、多くのテレビシリーズなども手がけているハリー・クレフェン。『神様メール 』では神様がパソコンで人の運命をもてあそんだり、カトリーヌ・ドヌーブがゴリラと恋に落ちたり、だいぶ突飛でぶっ飛んだ世界観だった気がしますが、今回もだいぶぶっ飛んでますね。なにせ主人公が生まれながらにして透明人間なんですよ。この設定にはかなり混乱させられました。映画を多く観ている人であればなおさら「きっとこれは妄想で」とか「何かの隠喩にちがいない」と頭の中をぐるぐるぐるぐると考えてしまうと思う。でもそういう次元の話じゃなかったーーー。

 

エンジェルという名の透明人間の男の子の父親はどうやら最初にちょっとだけ映るマジシャンの男らしい。得意技は姿を消すイリュージョンだったというその男は、透明人間になってしまったのかなんなのか、姿を消してしまった。それよって心を病んでしまった母親は精神病院で過ごしている。透明人間の男の子もこの施設のベッドで産んだ(そもそも透明なのになんで男の子だとわかったんだろう。エコー写真には写ってたのか?)。観ている方は、そこで「なるほど〜これは頭がおかしくなった母親の妄想パターンだな。」と思う。

カメラは主に透明人間の男の子の目から捉えた世界と、たまに客観的な視点から男の子を捉えた世界を映し出す。透明人間だけど声を発することは出来るし、文字を書くことも出来れば、水に触ることもできる、ベッドに寝ればシーツのシワは動く。ただ見えないだけで、本当にそこに存在しているような反応、感覚、息づかいが感じられる演出が施されている。だからこそ余計に、「う〜ん、わからない」と頭を抱えることになる。というのも監督のハリー・クレフェンはわざとこの物語が「母親の病んだ精神の中での出来事だと観る側が感じるように」リアリティを曖昧にさせたといっているから、監督の思うツボということか。

しかし、その「母親の妄想」説も早々と打ち砕かれる。ある日、男の子が施設の窓から外を眺めていると、施設の前にあるお屋敷に、同い年くらいの女の子が住んでいることを知る。いままで行動範囲といえば施設の部屋の中だけだったのだけど、透明人間の少年はいとも簡単に外に出てしまう。そして、なんとなんとそのマドレーヌという女の子は彼の存在に気がつく。気づくんだけど、やっぱり「見えない」と言う。ますますどういうことなんだよ。

 

実はマドレーヌは盲目だったということがわかる。「なるほど!ということは、きっとこの子の目が見えないから、私たちにもこの男の子の姿が見えないのかもしれない!目が治ったら男の子の姿を見せる演出にして、マドレーヌと同じ状況を味あわせようとしているのかも。」と私は思ったんです。思ったんだけど、そうすると母親との会話に矛盾が出てくるなぁとも思った。う〜ん、結局わからない。

盲目の少女と透明人間の男の子は、 順調に愛を育んていく。海?湖?に2人で落っこちて、水中で向かい合う(と言っても透明人間だから姿見えないけど)シーンは、やっぱりどうしても『シェイプ・オブ・ウォーター』を思い出さずにはいられない。思えばこの作品と『シェイプ・オブ・ウォーター』は、どちらも障碍を抱える女性と、異種の生物とのラブロマンスを描いている点で似ている。とすると、やはりこの作品の中での透明人間くんは母親や女の子の妄想でも、隠喩的表現でもなく、この映画の中では、透明人間のエンジェルは確実に存在しているんだと思って観るのが正解なんだろうなぁ。

やがて、マドレーヌは目の手術をするという理由でお屋敷からいなくなってしまい、母親も亡くなってしまう。彼の存在を証明する人物がいなくなってしまったということは一体どういうことになるんだろう?しばらくしてマドレーヌは完全にではないけれど目が見えるようになって、一人で屋敷に戻ってくる。目は見えるようになったけど、透明人間くんの存在を感じ取ることができなくなってしまっていた。それをいいことに(っていうわけじゃないけど)、透明人間くんは女の子が風呂に入ってるところや、寝ているところにこっそり忍び込んだりして、やってることが結局『インビジブル 』と同じ!ふたりは再会を果たすが、マドレーヌには目を閉じたままや、目隠しをしてもらった状態でいてもらいながら、どんどん深い仲になっていく。(変態じゃん。)そして、意を決してマドレーヌに透明人間であることを打ち明ける。マドレーヌはショックを受けたものの、最終的には透明人間くんを受け入れてしまう心の広い、というか型破りの変人であったとさ。

というようなお話で、最後ふたりの子供まで産まれるんですけど、家族写真を撮ってももちろん父親は写ラナイんです!正直なところ、最後の方は観ていてなんかちょっとバカバカしいような気分になってきてしまってね・・・。イマイチ入り込めなかったんですけども。

 

とはいえ、相手が透明なのでマドレーヌ役の女優サンたちはずっと一人芝居をしていると思うと、それは本当にすごいなぁと思うわけです。幼少期、10代、大人と3人の役者さんで演じられているんですけど、よくこんな似た雰囲気の人を見つけたなぁと思うほど奇跡的なキャストで、さらにみんなとても可愛いです。大人になってからのマドレーヌを演じていたフルール・ジフリエはパリ出身の女優さんで、本作で本格的な女優デビューを果たしたそうですが、ポール・ヴァーホーヴェン監督の『エル ELLE 』にも出演しているみたい。まだ観ていないんだよなぁ〜。ヌードのシーンが多かったのだけど、実に堂々とした脱ぎっぷりでした

それから、母親を演じているのは、ハル・ハートリー監督の映画『シンプルメン』や『愛・アマチュア』などに出演していたエリナ・レーヴェンソンですよ!あの黒髪ぱっつん前髪のおかっぱちゃん!!今でいうと三戸なつめちゃんみたいなヘアスタイル。ハル・ハートリー監督の映画は、ストーリーはあまり好きじゃなかったりするんですけど、出演している女の子が可愛いし(特にエイドリアン・シェリー大好き)、映像が洒落てるのでなんか観てしまう。エリナ・レーヴェンソンといえば『シンプルメン』のダンスシーンを初めて見たときはあまりの格好良さにしびれましたね〜。全っ然、ダンス揃ってないですけどね(笑)Sonic Youthの「Kool Thing」がこれまた癖になる。

『エンジェル、見えない恋人』ではもうすっかり歳をとって、シワが刻み込まれた顔を見せてくれましたけど、やっぱりどこかミステリアスで独自の世界観を持っている人だなぁと思う。

久しぶりに頭を混乱させられた映画ですが、この摩訶不思議な雰囲気に興味が惹かれた方はぜひ観てみてください。幻想的な映像もとても美しいですよ〜。

パンフレット

映画「エンジェル、見えない恋人」パンフレット

謎が解けるかと思って買ってみたパンフレット。18ページで700円。映画ライターの村山章さんや映画評論家の河原晶子さんのコラム、ハリー・クレフェン監督のインタビューなどが載っている。特に新たな発見も得られず、謎は解けなかった・・・。

ジャコ・バン・ドルマル監督作品

透明人間といったらやっぱりコレを見ておかないと。

言語障碍を持つ女性と半魚人とのラブストーリー。

母親役のエリナ・レーヴェンソン出演作品。『シンプルメン』は現在残念ながら廃盤のよう。

映画「日日是好日」(ネタバレあり)

「日日是好日」

映画「日日是好日」
(C)2018「日日是好日」製作委員会

作品データ

公開:2018年/日本
監督・脚本:大森立嗣
原作:森下典子(『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)』)
プロデューサー:吉村知己、金井隆治、近藤貴彦
撮影:槇憲治
照明:水野研一
美術:原田満生、堀明元紀
録音:吉田憲義
装飾:田口貴久
衣装:宮本まさ江
ヘアメイク:豊川京子
音響効果:伊藤進一
編集:早野亮
音楽:世武裕子
出演:黒木華、樹木希林、多部未華子、郡山冬果、鶴田真由、鶴見辰吾

概要・あらすじ

「本当にやりたいこと」を見つけられず大学生活を送っていた20歳の典子は、タダモノではないと噂の「武田のおばさん」が茶道教室の先生であることを聞かされる。母からお茶を習うことを勧められた典子は気のない返事をしていたが、お茶を習うことに乗り気になったいとこの美智子に誘われるがまま、流されるように茶道教室に通い出す。見たことも聞いたこともない「決まりごと」だらけのお茶の世界に触れた典子は、それから20数年にわたり武田先生の下に通うこととなり、就職、失恋、大切な人の死などを経験し、お茶や人生における大事なことに気がついていく。(映画.comより抜粋)

 

感想

地元の映画館で観てきました。うちの地元の映画館の客層はお年寄りが多いのでね、この作品はほぼ満席。とことどころで笑い声が聞こえていました。

「日日是好日」とは、禅の言葉の一つで「にちにちこれこうにち」と読むのが正しいそうなのですが、映画や原作本では「にちにちこれこうじつ」と読んでいますね。他にも読み方は色々とあるみたい。

監督は、今連続テレビ小説『まんぷく』で主演を務めている安藤サクラさんや松田翔太さん、高良健吾さんらが主演の『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』や、松田龍平さんと瑛太さんが主演の『まほろ駅前多田便利軒』『まほろ駅前狂騒曲』、真木よう子さん主演の『さよなら渓谷』などを撮っている大森立嗣さん。過去の作品は、殺人や事件などを扱う暗い要素のある作品が多いように感じていたので、今作の監督を務めるとは意外や意外でした。

ちなみに、父親は強面俳優の麿赤児さん(名前の感じからしてこえぇ)、弟は大森南朋さんという映画人家族。大森南朋さんの父親が麿赤児さんって初めて知ったよ・・・。大賀くんの父親が中野英雄さんと知った時と似た驚き。

原作は森下典子さんの『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』。パラパラっとはじめの方を立ち読みしましたが(買いなさい)、小さい頃フェリーニの『』を観に行ったけどよくわからなかったというエピソードは原作通りなんですね。本も面白そうなので読んでみたいとは思うんですけど、いま積ん読が山のようにあってどうしたもんかいの〜状態です。

 

話の内容は、大学生の黒木華ちゃんは就活の時期だけれど、自分はやりたいことがわからない。そんな時家族からお茶の教室の話を聞き、多部ちゃんに「一緒にやろうよ!」と誘われて教室に通うことになるところから始まる。

私の個人的なお茶に関する思い出といえば、高校生の頃友達が茶道部に入っていたので、文化祭の日にお茶とお菓子をおもてなしされに行ったなぁくらいなものでほぼ無縁の世界。主人公たちも同じようにそれまでお茶とは無縁だったから、私と同じ超初心者。なので、お茶のお稽古のシーンが1から丁寧に描かれている。観ている方も同じように武田先生(樹木希林)に教わっているような気持ちで見ることができる。

お茶には細かいルールがやたらとたくさんある。そんなことしてなんの意味があるんだい?って思うようなことがたくさん。ルールなんか知らない初心者は、動きがかたくてぎこちなくてそれが見ていて面白い。思わず笑ってしまうけど、「自分も実際やってみたらあぁなるんだろうな。」っていう共感も同時に感じられる。さらに、疑問に思ったことを先生に質問するが、もごもごしてはっきり言わない先生が最終的に「そういうものなの!」の一言を放ってしまうところが、樹木希林さんのマイペースな演技も相まってめちゃくちゃ面白かった。

お茶はつまり「考えるな、感じろ」ということなんだと武田先生は言う。同じことを毎回毎回繰り返すことで、頭でいちいち考えなくても手が自然と勝手に動くようになる。それが日常の所作にも現れてくるんだろうなぁ。きっとお茶を習っている人って、しぐさや立ち振る舞いが自然と体に馴染んで、佇まいが美しくなるのだろうなぁと思う。憧れるけど、面倒くさがりで大雑把でせっかちで同じことを毎回繰り返すことが苦手な私にはとても無理そうだ・・・。でもちょっと興味が湧いたのも事実。

主演の黒木華ちゃんは最初はどこにでもいる、ちょっと芋っぽい大学生なのだけど、時が経つにつれて服装や髪型も変わり、どんどん大人っぽくなっていく。役にも徐々に馴染んで見えてきた。実はどちらかというと多部ちゃんのキャラの方が好きで、というか多部ちゃんの自然な演技(というよりも素のような、演技していない演技)がすごくいいなぁと思っていたので早い段階で出なくなってしまったのは残念。樹木希林さんの存在感は言わずもがなで、登場した瞬間ちょっと泣きそうになりましたね。

ちなみにそれぞれのキャラクターを形成するのに重要な衣装を担当するのは、宮本まさ江さんという大ベテランのスタイリストさん。最近だと、『コーヒーが冷めないうちに』、『泣き虫しょったんの奇跡』、『検察側の証人』などなど邦画作品ほとんど宮本さんがスタイリングしているんじゃないかってほど、多くの作品と担当している。過去の作品も幅広くすごいタイトルが並んでいます。黒木華ちゃんや多部ちゃんのおしゃれ頑張ってる風だけどダサいっていうあの感じが、こういう子そこらへんにいっぱいいるな〜って親近感が湧いてよかったし、お着物も素敵だった。特に樹木希林さんの着ていた着物の色味が、どれも控えめながらも深みがあってよかったなぁ。

ところで、またタイトルの話に戻りますが、「日日是好日」ってどういう意味だろう?と黒木華ちゃんも多部ちゃんも疑問に思う。そして私も疑問に思う。「毎日がいい日って意味じゃない?」って黒木華ちゃんが言う。そして実際本当にその意味で良いらしい。ただ単に「毎日がいい日」ってことじゃなくて、自分の心持ち次第で悪いことも素晴らしいことに感じられるよっていうことなのだと思う。例えばこの映画でも、ザーザー降りの雨の日に「あぁ雨だ。いやだなぁ。」と思うんじゃなくて、雨の音をじっと耳を澄まして聴いてみる。その状況を味わうことで、新たな感覚や感情と出会う。そういうことが素晴らしいことなんだということなんじゃないかなぁと私はこの映画を観ていて感じました。

 

お茶のお稽古のシーンはとても面白かったし興味深かったんですが、それ以外のシーンはなんだかどれも苦手なものばかりだったというのも正直なところ。黒木華ちゃんと多部ちゃんのカラオケのシーンとか、海に向かって「わーー」って駆け寄るシーンとかは観ていてどうしてもこっぱずかしい気分になってしまって。特にカラオケのシーンは本当に逃げ出したい気持ちになってしまった。個人的にあぁいうノリが苦手っていうのもあるんですが、ストーリーとは特に絡んでこないし、正直端折っても良かったような・・・。曲のセレクトが松任谷由実さんの『真夏の夜の夢』だったんですけど、私が生まれて初めてCDという物の存在を知ったのがこのユーミンの曲だったので、なんとも懐かしい気分にはなりましたが(家のリビングに置いてあって、しょっちゅう聴いていた)。

それから黒木華ちゃん家族の似非感がどうにもこうにも気になった。特にお母さんはお母さんの演技してる人にしか見えなかった。亡くなったお父さんが海に足だけ浸かって微笑みかけているシーンもなんだか怖かったしなぁ。海というのは映画だと”死”のメタファーというのは分かるし、足だけ浸かってるのも足がない=幽霊みたいなことだとは思うんだけど、それに向かって「ありがとー!!」って叫ぶ黒木華ちゃんといい、あのシーンはただただ気味が悪かった。失恋した黒木華ちゃんがホームで泣き崩れるのも大げさだしさぁ。あそこは堪えてからのツーっと涙を流すくらいの演出の方が悲しみは伝わると思うんだけどなぁ。とかまぁ偉そうに書きましたが、たかが個人的な感想ですので・・・。

この映画を観てからやっぱりお茶への興味は出てきたし、お茶菓子ってあんなに可愛いんだってのも知って、早速昨日デパ地下に見に行ったりもしちゃって(1個400〜500円もするんですね。たけー。ということで結局何も買わなかった。)だいぶ影響を受けてしまいました。お茶の魅力がとても伝わる作品です。お茶、機会があったらちょっと挑戦してみたいような気もするようなしないような〜。 

映画「イコライザー2」(ネタバレあり)

イコライザー2」

イコライザー2

作品データ

公開:2018年/アメリ
原題:The Equalizer 2
監督:アントワン・フークア
製作:トッド・ブラック、ジェイソン・ブルメンタル、デンゼル・ワシントン、アレックス・シスキン、スティーブ・ティッシュ、アントワン・フークア、メイス・ニューフェルド、トニー・エルドリッジ、マイケル・スローン
製作総指揮:モリー・アレン、デビッド・ブルームフィールド
キャラクター創造:マイケル・スローン、リチャード・リンドハイム
脚本:リチャード・ウェンク
撮影:オリバー・ウッド
美術:ナオミ・ショーハン
衣装:ジェニー・ゲーリング
編集:コンラッド・バフ
音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
出演:デンゼル・ワシントンペドロ・パスカル、アシュトン・サンダース、ビル・プルマンメリッサ・レオ

概要・あらすじ

元CIAエージェントで、昼間の表の顔とは別に、世の裁けない悪人を19秒で抹殺していく「イコライザー」としての顔を持つ主人公ロバート・マッコールの戦いを描く。現在の表の職業として、日中はタクシー運転手として働いているマッコールだったが、CIA時代の元上官で親友のスーザンが何者かに殺害されてしまう。独自に捜査を開始したマッコールは、スーザンが死の直前まで手がけていた任務の真相に近づいていくが、やがてマッコール自身にも危険が迫る。そして、その手口から相手はマッコールと同じ特殊訓練を受けていることが判明。同時に身内であるはずのCIAの関与も明らかになっていく。(映画.comより抜粋)

 

感想

いままで何となく避けていたのですが、今回人生初、MX4Dで鑑賞してきました。というのも地元の映画館でこの『イコライザー2』がMX4Dでしか上映していなかったからなのですが。(だからか日曜でもお客さんが少ない)追加料金1000円もするんですね・・・その割にはって感じがしましたけど。

なぜMX4Dを避けていたのかといえば、基本的にいつもひとりで映画を観に行く私は(基本も何もいつもひとりなのだけど)、1人でジェットコースターに乗るみたいな妙な恥ずかしさがあったんですよね・・・。とはいえ、実際体験してみたら、そこまで激しいこともなく、1000円出したからにはむしろもっと揺れて欲しかったくらい。でも、やっぱり車の動きに合わせて座席が揺れたりするのは、結構楽しかったです。

実は前作の『イコライザー』は、ほんの1週間前くらいに「洋画専門チャンネル ザ・シネマ」で観たばかり。で、これがめちゃくちゃ面白かった。最近のアクション映画の中では群を抜いた面白さだと思います。

監督は『トレーニング デイ』、『マグニフィセント・セブン』などで、過去にデンゼル・ワシントンとタッグを組んでいるアントワーン・フークア。この人は男の生き様を描いた作品が多いですね。主人公が奥さんや家族を亡くしているパターンも多い。『イコライザー』でも奥さんを亡くしていますが『サウスポー』でもそうだったなぁ。アントワーン・フークアにとっても、デンゼル・ワシントンにとっても、シリーズものは今回初となります。

 

前作では、CIA工作員だったデンゼル・ワシントンが、愛する妻の死をきっかけに自らの死を偽装して工作員を辞め、その後ホームセンターで働きながら平穏な生活をしていました。行きつけのダイナーで読書をするのが日課で、家からお茶のティーバッグを持参して行く(店的に良いのか!?)。そこで娼婦のクロエ・グレースモレッツ(本当は歌手志望)と出会い少しずつ親交を深めていくが、ある日クロエちゃんが客に暴行を受け、その際にやり返したことがきっかけで、元締めのマフィアに見せしめのためにボコボコにされてしまう。その痛々しい姿を目の当たりにしたデンゼル・ワシントンは、「このまま黙ってはいられん!」と、過去の自分が目を覚まし、マフィアたちを次々と成敗していく・・・というお話でした。

何が面白いって、まず元CIA工作員がホームセンターで働いてるっていう状況が面白いなぁ。やっぱりギャップがある人間というのは興味をそそられます。穏やかで優しそうな雰囲気の人が、実はめちゃくちゃ強い!っていうのがいいじゃないですか。それから、デンゼル・ワシントンは物事を先読みする天才なわけで、敵の行動の一手も二手も先を読んでいるんです。だからピンチにならない。なったとしても解決方法まですべて頭の中に入っている。超スマート!強いだけじゃなくて頭までいい!

武器もありきたりな銃はめったに使わない。身近にあるものを工夫して武器にして使う。これってちょっとヒッチコックっぽいなぁと思いました。それと、前作でデンゼル・ワシントンの家にマフィアが乗り込んでくるシーンで、洗面所から水が流れる音が聞こえ、あたかも中に人がいるかのように見せかけるというシチュエーションがありましたが、ヒッチコックの『海外特派員 』にも同じようなシーンがあります。

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ヒッチコックの演出はもう古典のようなものだから、他にもたくさん似た演出の映画はあるはずなので、ここからのアイデアとは言い難いですが、元を辿ればここに行き着くはず。ちなみに『海外特派員 』はもんのすっごく見応えあって最高に面白いので、もしまだ観たことないという方は死ぬまでに絶対に観て欲しい作品です。死ぬまでにと言わず今週末とかでもいいです。

 

話を戻しますと、そう、身近なものを武器に使うんです。前作ではコルク抜き、ショットグラス、ハンマー、有刺鉄線、ネイルガン。今作では淹れたてのお茶とティーポット(この時水を吹きかけられたのがびっくりした)、クレジットカードなどなど。バラエティ豊かな殺人方法にはとてもワクワクさせられます。ただ、今作の方はちょっと地味だったというか、前作みたいに「なるほど!すごっ!頭いい!!」という興奮やスカッと感はあまり感じられなかった。残虐性は増した気もしますが。もともと『イコライザー』は80年代に放送されていたTVドラマ『ザ・シークレットハンター』の映画化企画だそうですが、こちらはガンアクションがメインで、映画版のようなDIY戦法は見られないそうです。

前作より武器使いの工夫は物足りなさがありましたが、その代わりに今作のデンゼル・ワシントンの表の職業はタクシードライバーUberみたいな配車サービス?正直Uberの仕組みをよくわかっていませんが)なので、前作にはないカーアクションのシーンがあります。これはMX4Dで体感しながら観るとまるでデンゼル・ワシントンの運転する車に乗ってるような感覚で超楽しめました。でも本当はもっとタクシーを使ってあれやこれやの技を繰り出して欲しかったなー。シートベルトとか、ハンドルとか、チャイルドシートとか(あるのか?)を使ったりなんかして。

 

今回の一番の盛り上がりどころと言ったらハリケーンの中、親友のスーザンを殺した犯人との対決のシーン。マサチューセッツ南部の海岸沿いの街で撮影したといいますが、本物の台風のようにリアルで本当に凄かった。撮影に1ヶ月はかかったらしい。しかし「なんでわざわざハリケーンの日に対決させる???」ってすごい疑問に思ってたんですよ。自然なめすぎって思ったんですよ。パンフレット読んでその理由がわかりました。ハリケーンで住民たちは避難しているから、巻き添え被害がないからとのことです。わーすごい納得。この映画のこういうところが素晴らしいなぁ。『スパーマンマン・オブ・スティール)』にも見習ってほしい。

ちょっとイマイチなぁと思ったのは、同じ集合住宅の住人で、画家志望だけど意志が弱く、どことなく危うさを持った黒人少年を『ムーンライト』で主人公の10代の頃を演じていたアシュトン・サンダースが演じているのだけど、彼が集合住宅の壁のいたずら書きを消す作業をマッコールから請け負って、最後には壁に見事な絵を描くんですよ。本当にプロ並みの仕上がりなんですが、「あぁ〜なんか胡散臭いなぁ」と思ったし、こんなに才能あるならくすぶってる意味がわからないと思った。同じように、タクシーに乗せていたお客さんで、生き別れた妹を探しているじいさんがいるんだけども、こちらも最後に取ってつけたような感動の再会が待っている。こちらも胡散臭い。今回殺されたスーザンの夫役のビル・プルマンも『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』での全米テニス協会のボスで男性優位主義者の印象が残っていて、あのニヤニヤ顔がどうしても胡散臭く見えてしまう。と言っても仕方がないのですが。

そんなわけで、前作があまりにも面白すぎたので、それに比べると今作は爽快感が劣るかなぁと思ってしまいましたが、迫力ある映像はとても楽しめると思います。ぜひMX4Dで。

パンフレット

イコライザー2 パンフレット

22ページで720円。ちょっと薄い。映画秘宝でおなじみのギンティ小林さんが解説していたり、映画監督の内藤誠さんがコラム書いたりしています。今月号の『映画秘宝 2018年 11 月号』と同じ「ナメてた相手が、実は殺人マシンでした!」の特集もありますが、秘宝とは内容が被っていないのが素晴らしい!ところで今月の秘宝の『イコライザー2』のページで、主人公のマッコールが「前作で同僚の前で人を殺したので、少しでも印象を変えるために髪をのばした。」ってほんとうなのか・・・?

イコライザー2」でマッコールが読んでいた本

98冊目。マッコールがマイルズに「これを読むことが条件だ」と手渡した本。マーベル・コミックの『ブラックパンサー』の脚本も手がけるタナハシ・コーツが2015年に発表した小説。

99冊目。ヘルマン・ヘッセが1922年に発表した小説。

100冊目。マルセル・プルーストが20世紀初頭に執筆した大長編小説。マッコールの妻はこの本を97冊目に選んだが、読んでいる間に亡くなったため、彼はこの本を100冊目に選んだとのこと。

映画「太陽の塔」(ネタバレあり)

「太陽の塔」

太陽の塔
(C)2018 映画「太陽の塔」製作委員会

作品データ

公開:2018年/日本
監督:関根光才
製作:井上肇、大桑仁、清水井敏夫、掛川治男

概要・あらすじ

1970年に開催された大阪万博のシンボルとして芸術家の岡本太郎が制作し、万博終了後も大阪のシンボルとして愛され続け、2018年3月には48年ぶりに内部の一般常時公開も始まった巨大モニュメント「太陽の塔」のドキュメンタリー。日本中が高度経済成長に沸く中で、「人類の進歩と調和」をテーマに掲げて開催された大阪万博。岡本太郎は、異彩を放つ約70メートルの塔にどんな思いを込め、何と戦い作り上げたのか。当時、岡本太郎の周辺で太陽の塔の事業に関わっていた人びとの証言、さまざまな分野の専門家やアーティスト、クリエイターのインタビューなどによって、岡本太郎からの、そして太陽の塔からのメッセージを検証していく。(映画.comより抜粋)

 

感想

私はレディース・デイを利用して水曜日に映画を観に行くことが多いのですが、ちょうど用事もあったので、新宿で映画を見ようかな〜なんて思って調べて選んだのが新宿シネマカリテにて上映中のこの作品。もともと観る映画リストに入れていたわけじゃなかったんですが、観に行ってよかった〜と今心から思っています。太陽の塔パンフレットと、あと製作30周年記念HDリマスターが上映中の『ゼイリブ』Tシャツも買ってしまいました。かっこいい!これも観たいな〜。

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実をいうと、私も20代前半頃に岡本太郎にかぶれていた時期がありまして。10代〜20代の頃って今では考えられないほどに感傷的で、自尊心が低くて、世の中に対して絶望的で退屈で生きてるのが嫌になることが多かったんです。

32歳になった今思うと、あの頃の自分が超はずかしいし、いちいち悩むくらいならその時間勉強でもしてろと思うんですが、当時は何の勉強をすべきなのか自分が何がやりたいのかもよく分からない。そんな状態だったんです。それでも映画は好きで、ファッションも好きだった。だからスタイリストになって映画のエンドロールに名を残そうとバカみたいな軽い気持ちで服飾の専門学校にちょっと遅れて23歳の頃に通い始めたんですよね。

でも、スタイリストの仕事って超大変で(軽く書きましたが、このエピソードについてはそれだけで本1冊分くらい書ける。)、その頃はしょっちゅう「本気でスタイリストを目指すのか。それとも諦めるのか。」を迷っていて、その度に太郎さんの『強く生きる言葉』や『自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間"を捨てられるか』などを繰り返し読んでいました。

そもそもなぜ岡本太郎さんを知ったのかというと、今でもファンであるオードリーの若林さんが岡本太郎さんのファンだったことがきっかけ。若林さん、このドキュメンタリーに出て欲しかったなー。

 

いつからか太郎さんの本を読むことがなくなり、岡本太郎記念館に足も運ばなくなり、結局本を読んでも一時的に自分を鼓舞させたところでそれは見せかけで、結果に何もつながっていなかったし意味なかったじゃん。なんて思うようになってしまっていました。すべて自分が悪いんですが。そうやって気持ちが離れてからしばらく経った今、この『太陽の塔』という映画の存在を知って、「なんだか懐かしいなぁ」という気持ちになってつい引き寄せられたんですよね。

一時期かぶれていたとはいえ、本物の太陽の塔を見たことがなくて、そもそも大阪に行ったことすらない。行こうと思えばいつでも行けるのに、引っ込み思案な私は、大阪の人に絡まれたりボケを振ってこられたらどうしよう・・・などといらん心配で頭でっかちになってしまってました。

そんな本物を見た事がない私が、この映画で堂々とそびえ立つ太陽の塔と、向かい合って立つ女性の対比を見たとき、「え、こんなにでかいの?」って想像を遥かに超えていたのでちょっと怖いくらいの迫力を感じました。実際の大きさの比と同じですよね?映画だからって大きさ誇張してたんだったらショックです。

 

この映画は全9章から構成されていて、それぞれテーマに沿って話が進んでいくんですね。だから内容がまとまっていてとてもわかりやすい。普通のドキュメンタリーとは違い、太郎さんの軌跡を追うだけではなく、今生きている者たち、そして未来を生きる者たちに向けたメッセージのような作品になっていたのが本当に面白く、考えさせられました。

監督はオーディションで選ばれた関根光才(光る才能・・・すごい名前だ・・・)さん。ナイキ、アディダス、トヨタなど数多くの広告映像やミスチル、AKB48、安室ちゃんのミュージックビデオの演出もやってるという映像ディレクターで、数々の賞も受賞しています。

インタビューを受ける方々は、太郎さんに近しい方はもちろん、太陽の塔建設に関わった方や、様々な学者や研究者、表現者、直接は特に関係のない人など、偏りなく多種多様。だけど、バラバラな印象は受けない。やはり岡本太郎という1本の軸があるから、そして岡本太郎自身に1本の軸があるからなんだろうな〜と思う。

個人的に特にこの人面白いなぁと思ったのは民俗学者であり、学習院大学の赤坂憲雄教授。静かなトーンで辛辣なことを話すんですけど、たまに言葉使いが江戸っ子口調になるのが面白くて不意打ちで笑ってしまいました。他にも皆さん物凄い知識量をお持ちの博学な方ばかりなので、話の中で専門的な用語や人名が出てくるんですけど、その度にメモしたいな〜と思っていたら、パンフレットにしっかりと載っていて感動しました。しかし、やっぱり若い世代のChim↑Pomとダンサーの菅原小春さんの言葉使い(というより語彙力の足りなさですかね)が気になってしまったよね・・・。正直自分も似たようなもの(というかもっとひどいかも・・・)なので身につまされたというか。言葉の使い方でこんなにも説得力がなくなるのか、と思ったので気をつけなきゃいけないと思いました。

 

万博当時の映像をまともに見たのは初めてかもしれない。大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」。そのことについて太郎さんが「人類なんて何も進歩してないじゃないか。調和なんてのは妥協でしかない。」みたいな発言をしていたのは以前本を読んでだったか動画で見たのか忘れたましたが記憶にあって。そして、テーマに反抗するように正反対の意味を持つあの不気味な芸術作品を作った。

でも、当時の万博の映像見てみると、太陽の塔以外の建造物もあまり調和は感じられなかったなぁ。どれも自己主張が強くて他の国には負けねー!っていうお国自慢が腹の底にはあるように私には感じられました。そして、全体的に金かかってんなーって印象。多分、日本だけなんじゃないですか、調和とか気にしてんの。特に面白かったのは、ソ連が109mもある巨大なパビリオンを建設し、アメリカが平べったいドーム型のパビリオンを建設したこと。どちらも宇宙開発がテーマで。アメリカもソ連と張り合ってものすっごい高いの作りそうじゃないですか。だからすごい意外でしたね。ソ連対アメリカの宇宙開発の競争に関しては、映画だと『ドリーム』や『ライトスタッフ』などで描かれてますよ。

進歩に関してもやっぱり今見るとどれも古く感じるわけですが、そう思うと、あの時代ってこれから新しいことがたくさん待っていて羨ましいな。正直今の時代はもう十分なほど物があふれ、新しい体験も少なくなり、この映画でも言っていましたが「欲しいものがない」という状態になってきてる。だからよりもっと良いもの、刺激の強いもの、インスタ映えを求めてしまうと。でも、それは一時的には満たされるかもしれないけど結局虚しいですよね。私も年とともにすっかり物欲がなくなってしまったし、あんなに楽しかったはずのファッションビルやデパートにいるとストレスがたまるようになった(笑)それらが結局何もない、空っぽだってことに気がついてしまったんですよね。もう十分だな〜って。めんどくさくなったってのもありますが。。それに気がつかずにいたらどんどん金だけ使って、たいしていらないモノを買い続けていたのかもしれない。もちろん技術の進化によって生活がより便利になってくれることはありがたいです。ルンバ欲しいです。

 

岡本太郎が感じでいた日本社会への違和感。それはどんどん加速していっているように思えます。映画の中で「自発的隷従」という言葉が出てきて、すごく興味を持ちました。それは例えば1人のある経営者がいたとして、その人の下に何人か私が仕事を代行しますという人間が現れる。さらにその下に私が仕事を代行しますという人が数珠つなぎて現れ、どんどんピラミッド式型の構造が出来てくる。上に行けば行くほど働かなくていいが、お金が入ってくるという仕組みです。みんな明らかにおかしいことに気がついているけど、じゃあどうしたらいいの?仕事辞めたら生活していけないよっていう人が多いと思う。でも、このまま進んでいったらこの先どうなるのかなと不安になりました。私はそれが嫌で今年会社を辞めました。以前いた会社は社長が社員に対して「知識は必要ない」というような人で、ただ言われたことをうまくこなせる人が優秀とされていたんですよね。隷従ですよね。ただ、このブログも成果が出なければ、また前の生活に戻らなきゃなぁという気持ちもあります。

渋谷マークシティの京王井の頭線渋谷駅とJR渋谷駅を結ぶ連絡通路に飾られているのは岡本太郎の「明日の神話」という巨大壁画。この絵は原爆をテーマにした作品なんですが、東日本大震災が起こった後に、福島の原発事故を思わせる絵が一角に貼られていた事件はニュースは有名です。犯人はこの映画のインタビューにも参加しているアーティスト集団のChim↑Pom。イタズラとかなんとか騒がれてましたけど、そういうこと言う人って岡本太郎のことをきっとよく知らない人なんだろうなぁ。私はこれが岡本太郎が欲している芸術なんだろうと思いました。以前、太陽の塔の右目部分に男が登り篭城したアイジャック事件というのがありましたが、その時太郎さんは現場を見て「いかすね。ダンスでも踊ったらよかろうに。」と言ったんですよ。きっとChim↑Pomの件も「いかす」って言っただろうと私は思いました。

ちょっと、この演出はどうかな〜と思ってしまったのは、この渋谷のアートをダンサーの菅原小春さんが見に行くシーン。前を通り過ぎる通行人たちは誰も絵を見ないで歩いているわけですよ。それをいちいち「誰も見てないですね〜」とやたらと強調していたのがなんか嫌だな、と思ってしまったんですよね。「私たち以外みんな芸術を気にも留めない」みたいなちょっと上からな目線を感じてしまいました・・・。私も何度も見たことがありますし、最初はすごく感動しましたが、毎回通るたび見るからに「おぉ〜」なんてやってられないですよ。心の中では思っていても。普通に通り過ぎてる人たちの中にも、そういう人だっているかもしれないじゃないですか。とちょっと捻くれた見方をしてしまったりなんかして。体全体で「明日の神話」を表現するダンスはとても迫力あって凄かったです。

他にも縄文文化や曼荼羅についても普段知る機会がなかったので面白かったですね〜。曼荼羅きれいだな〜。

 

ドキュメンタリーの中に、何もなくなった砂漠のような場所にただ太陽の塔が立っていて、そこを縄文土器を抱えた女の子が歩いているというフィクション映像が入っているんですね。このシーンの過去だか未来だかわからない、どちらにも取れるような演出はリアリティがあったし、ドキュメンタリーの内容と繋がりができていて凄いな〜と思いました。特に最後、女の子にカメラがズームして目のマクロショットが映るんですが、またズームアウトしていくとそこは渋谷のスクランブル交差点になっているんです。女の子も今風のファッションに身を包んでいて。でも、周囲が映しだされると超超超超高層ビルに囲まれていて、その高層ビルがさらに永遠と上に伸びていくんです。もう、かなりぞっとしました。だって現実にこうなっていきそうな気がするんですもん。

私、世の中でトップレベルに高層ビルや高層マンションが大嫌いなんです。高所恐怖症ってのもあるんですけど、高い建物(権力者)に見下ろされているような感じとか、ああいうマンションの最上階に住むことがステータスに感じているような人間とかが怖くて怖くてたまらないんですよ・・・。太陽の塔はどうなんだって感じですが、あれはもともと壊される予定で建てられたものですしね。でも高層ビルは冷たいイメージだけど、太陽の塔はどこか熱を帯びているような、生き物のような存在にも感じますね。本当にあのラストショットの一気に不安感を煽る威力はハンパなかった

これは、岡本太郎さんや芸術に興味がない人でもたくさんの人に見て欲しい映画!何かしないと!と行動を起こしたくなるし、もっと未来に向けて考えていかなくちゃという気にさせられました。そして、やっぱり本物の太陽の塔が見たい!

映画「クワイエット・プレイス」(ネタバレあり)

クワイエット・プレイス


(C)2018 Paramount Pictures. All rights reserved.

作品概要

公開:2018年/アメリ
原題:A Quiet Place
監督:ジョン・クラシンスキー
原案:スコット・ベック、ブライアン・ウッズ
製作:マイケル・ベイ、アンドリュー・フォーム、ブラッドリー・フラー
製作総指揮:ジョン・クラシンスキー
音楽:マルコ・ベルトラミ
撮影:シャルロッテ・ブルース・クリステンセン
編集:クリストファー・テレフセン
出演:エミリー・ブラント、ジョン・クラシンスキー、ミリセント・シモンズ、ノア・ジュプ

概要・あらすじ

音に反応して人間を襲う「何か」によって人類が滅亡の危機に瀕した世界で、「決して音を立ててはいけない」というルールを守り、生き延びている家族がいた。彼らは会話に手話を使い、歩くときは裸足で、道には砂を敷き詰め、静寂とともに暮らしていた。しかし、そんな一家を想像を絶する恐怖が襲う。(映画.comより抜粋)

 

感想

以前、たまむすびで町山さんが「カメラを止めるな」とともに紹介していたこの映画。アメリカで大ヒットを飛ばし、映画レビューサイト「Rotten Tomatoes」の批評家支持率は95%とかなり高い評価を獲得したホラー映画です。

そもそもアメリカでは4月に公開されていて、すでにディスクまで発売されているというのに、なぜこうも日本は公開が遅いのか。町山さんもラジオでおっしゃっていましたが、「音を立てたら、即死。」(とはかなり大げさなキャッチコピーではありますが)の映画なわけで、台詞がほとんどないので字幕監修に時間がかからないはずなのに。

監督は父親役も兼任するジョン・クラシンスキー。主演の妻役エミリー・ブラントとは実生活でも夫婦で、今作は夫婦初共演(ふたりとも「ザ・マペッツ」に出演していますが共演シーンはありませんでした)。なので、リアリティーあるのは当然っちゃ当然のような気もしますが、逆に夫婦だから恥ずかしいみたいなのってないの?という点もちょっと気になったり・・・(外国の映画では多いけど日本では馴染みがないよな〜)。彼はこの作品が監督3作目に当たり、デビュー作の『BRIEF INTERVIEWS WITH HIDEOUS MEN』と、2作目の『最高の家族の見つけかた』はいまいちパッとしなかったようで、日本でも公開されず。それだけに今作のヒットは本当に嬉しかっただろうなと思います。

母親役のエミリー・ブラントは、今やハリウッドで人気を誇る女優の1人。日本大ヒットした『プラダを着た悪魔』で注目を集め、最近では『ガール・オン・ザ・トレイン』『ボーダーライン』『オール・ユー・ニード・イズ・キル』などで主演を務めています。次回作には『メリー・ポピンズ』のリメイク作『メリー・ポピンズ・リターンズ』(2019年2月1日日本公開予定)を控えているとのこと。う〜ん、リメイク作どうなるんでしょうね。結構楽しみではあるのだけど。ちなみに、ジョン・クラシンスキーとの間には2人の娘がいます。ジョンがブライアン・ウッズとスコット・ベックによるこの作品の脚本草稿を初めて読んだ時は、エミリーが第二子を出産したばかりで、自宅でも音に気を使って生活していたそうで、その時の経験が実際にこの映画に反映されているのではないかと思われます。

長女役のミリセント・シモンズは耳の聞こえない女の子の役ですが、彼女は実際に聴覚障碍をもっているんですね。私は映画を観終わって、パンフレットを読むまで知らなかった。知った時はちょっとびっくり。2017年に『ワンダーストラック』(観てない・・・)で聴覚障碍をもつローズ役に抜擢され、放送映画批評家協会賞で最優秀若手男優/女優部門にノミネートされた実力派。私がこの作品の中で一番印象的だったのは彼女。賢くて勇敢な雰囲気があってとても惹きつけられました。長女が耳が不自由ということからこの家族は普段から手話でコミュニケーションを取っているという設定もうまいな〜。

長男役は、最近では『ワンダー 君は太陽』にも出演していた(観てないんだ・・・)というノア・ジュプ。この子はこれから人気爆発しそうな気する。日本人の女子が好きそうな感じしますね。かわいい男の子です。森の中で白髪の男にあって、地面には奥さんの死体が転がってて・・・という時の彼の驚きの表情がすごく良かったな〜。あの場面では最初、たしかカメラがパンしてる時にあの白髪ロン毛のおっさんが一瞬だけ映ったと思うんですけど、私はツイン・ピークス』のキラー・ボブに見えてしまって違った意味で怖かったです。

 

さて、この作品、ツッコミどころは確かに色々あります。ありますが!とても面白かったです。緊張感あるシーンが飽きさせることなく続くので、入り込んで見ることができました。セリフが少ないということもあり、字幕を目で追う必要がないので、映像をじっくりと見ることができるのも良い。よく、字幕を追うのでいっぱいいっぱいになってしまうことがあるんですよね〜・・・。「自分だったらああするのになぁ。こうするのになぁ。」と思いながら観られるところも楽しいところ。(そこがそもそもツッコミどころだったりもするんですが。)

それに何より、「音を出したら死ぬ」というアイデアがいい!ただし、私はもっと全体的にシーーーーンとしている映画なのかと思っていたんですけど、そうでもなかったですね。音楽もかかってるし。モンスターは盲目で、そのためか聴覚がものすごく優れているという設定で、これくらいの音まではセーフだけど、これ以上うるさくしたら襲うという線引きがある。まぁモンスターの耳に入らなければセーフってことです。なので小さな足音やヒソヒソ声くらいならギリセーフ。風の音や木の葉の擦れる音などの自然音などはどうしようもないですからね。

でもよく考えたらこれって私たちの普段の生活でもそうだな〜と。壁の薄いアパートやマンションに住んでいる人だったら、お隣さんの生活音がうるさいとか、反対にうるさいと思われないように気を使ったりだとか日常的に経験してることだ思うんです。ご近所同士の騒音トラブルで実際に殺人事件にまで発展するケースだってあるし。女優のエイドリアン・シェリーだって騒音トラブルで殺されましたからね・・・(この場合はうるさいと文句を言ったら逆に殺されてしまったわけですが)。なんとなくだけど、この謎の生き物が嗅ぎつけてくる音って主にそういう、私たち人間が出す生活音のような気がする。だからこそ身近な恐怖にも感じられたのだと思います。特にこの映画では子供が出す騒音が一番のネックとなっているようでした。

末っ子の男の子がスーパー(?)から持ち出したロケットのおもちゃから音を出してしまい、「やば!」と思うも時すでに遅し、一瞬のうちにモンスターに襲われてしまう。いや、確かにね、このシーンには皆さん言いたいことがあると思います。なぜ、1列になって歩いている時に見張りをつけずに小さい子供を1番後ろに歩かせた??と。私だったら1番前と1番後ろに大人を配置しますよ、と。でも、大きなストレスを抱えていたり疲れが溜まっている状態だと、人の脳は判断能力の欠如や集中力の低下を引き起こすものです。なのでこの常軌を逸した状況のもとで生きる人間たちと、私たちみたいに安全圏からただ見ているだけの人間では、思考能力が同じではないんだ、次元が違うんだ、ということを理解しておかなければいけない。と、私は自分に言い聞かせながら観ました(笑)

そしてそれから1年後、エミリー・ブラントは妊娠。えっ、この状況でなぜ?と思いますが、判断力が低下していますからね!でも、やっぱり音を立てられない状況でどうやって赤ちゃんを産むのかっていうのはすごく気になります。しかし、もうすぐ予定日っていう時に母親をひとりぼっちにさせるという嘘だろ!な展開になりまして、ここぞとばかりに破水してしまったエミリー・ブラントが地下に行くと、階段から飛び出してる釘にぐっさり足を刺したり(超痛い)、その時の叫び声でモンスターを呼び寄せてしまったりして地下にもいられず、風呂場に逃げるも、背後にモンスターが迫り・・・というハラハラドキドキなシチュエーションが続く。ちなみに、バスタブでのシーンは1テイクオッケーだったそうで、エミリー・ブラントの熱演ぶりは本当に素晴らしかったです。

 

今作は、夫婦で一緒に場面を想像しながら、エミリーが「すごく怖い、そんな場面考えたくもない。」と言ったシーンを脚本に入れることにしたそうですが、やはり2人の娘がいるクラシンスキー夫婦にとっては、「子供」が犠牲になるということが1番恐ろしいことだったのではないかと思います。クラシンスキーはこの映画は「家族」がテーマだといっていて、さらに子供達へのラブレターでもあるといいます。親はいかにして子供を守るかというのをこの映画を通して伝えているのでしょう。父が子供のために自分を犠牲にして守るシーンや、耳の聞こえない長女のために耳の研究までして補聴器を作っていたことがわかるシーンなどからもその想いは伝わるし、その補聴器から発せられる電気信号?みたいな音がモンスターにとっての弱点だと分かり、死してなお家族を守る!という終わり方は最大級の愛情表現だったのではないかと思います。この映画は年齢制限がないので親子で鑑賞するのも超おすすめです。

他にも印象に残ってるシーンといえば、子供がランプを倒しちゃった瞬間は最初にかなりびっくりさせられたし、トウモロコシが保存されているサイロの中で子供達が埋もれていくシーンに手に汗握ったし、イヤホンで音楽(ニール・ヤングの「Harvest Moon」です)を聴きながら夫婦で踊るシーンも束の間の安らぎって感じでよかったです。

この映画を観た後、つい音に敏感になってしまうのも新鮮な感覚でした。歩くときこんな音するんだな〜とか、ドア閉める時結構音するな〜とか(だから映画の中でドアはない。)、コップ置くときもそ〜っと置いてみたりなんかして。だからといって特に何があるわけでもないのだけど。もし、この映画と同じ世界が来てしまったら、うちは1日中猫がにゃあにゃあうるさいので即死です